展覧会

ロベール・ドアノー展と第3回ARGカフェ

2月21日(土)に第3回ARGカフェに参加するため、京都へ。

第3回ARGカフェの概要についてはこちら。

午前中は、会期終了が迫っていたロベール・ドアノー展を見る。
この展覧会は2006年の冬、パリで見逃したもの。
寒空の下、パリ市庁舎前には長蛇の列ができていた。
それだけパリジャンに愛されている写真家の1人である。
会場は空間的制約から、動線に苦しさが見えたが、
写真自体はやはり良かった。
なかでもディオールやランバン、クリスチャン・ラクロワなど、
いわゆる高級ブランドを写した写真が自分にとっては新鮮だった。
これはファッションデザインが身近になったことによる変化。

第3回ARGカフェの参加者のなかにも、やはりドアノー展に足を運んでから
参加した人もいて、懇親会ではその話題で盛り上がった。

もちろんARGカフェそのものからも多くの刺激を受けたことは言うまでもない。
ポータルサイトの運営に関わるものとして、NDL村上さんの発表は、
刺激的であったし、写真のアーカイブに関して同様の関心に取り組んで
いる研究者にも出会えた。なにより図書館の門外漢たる自分が様々な形で
図書館に関わる人たちと出会える貴重な機会となった。
それを可能にしているのが、「プレゼンの時間を短くして登壇者をふやし、
懇親会での酒の肴を数多く提供する」というARGカフェ&フェストの考え方だろう。
学ぶところが多く、また参加したい気持ちのよい会である。

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ipodによる音声ガイドのトライアル実施...横浜美術館

横浜美術館と城西国際大学メディア学部が連携し、2009年度からiPod touchを使った新しいタイプの音声ガイドをスタートする。それに先立ち、2月24日(火)と28日(土)にトライアル(無料体験)を実施する。

作品画像をタッチすると、作品や作家についての解説をきけるということらしい。これまでも独自開発端末や携帯電話での音声ガイド、そしてもちろんipodを使っての音声ガイドはすでに実施されている。費用もかかる独自端末の導入よりは、携帯電話、ipodを念頭に開発を進めるほうが賢い。ipodだとitunesのappstoreに無料アプリを公開すれば多くの人の目に触れる(ただしtouch、iphoneの普及率はそう高くなさそう)わけだし、なにより独自で開発から普及、宣伝までの全て自前で担わなくてすむ。ipodであれば筐体、UIのデザインも洗練されているぶん、ユーザビリティも高まるはずだ。

城西国際大学で開発されたアプリケーションに何か目新しい特徴があることを期待。今回のトライアルは無理なので、来年度、試しに行きます。(トライアルというかユーザビリティ実験なのか?)

城西国際大学の音声ガイド紹介ページ

日時:2009年2月24日(火)・28日(土)13:00〜17:00(受付は16:30まで)
横浜美術館コレクション展 第3期 展示室1「特別展示:片岡球子」
※コレクション展観覧料が必要。

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不況の影響で展覧会が中止に

Bunkamuraで行われる予定だった「JPモルガン・チェース・アート・コレクション50周年記念 20世紀モダン・アート展」(仮称)(予定:2009年9月12日(土)~2009年10月12日(月))が昨今の不況の影響で中止と決まる。コレクション母体で主催者のJPモルガンはアメリカの金融大手。

展覧会の紹介ページ

かわりの展覧会を行うのかどうか、行うとすれば何がくるのか、
いずれにしてもしばし動向を注目したいです。

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「人体の不思議展」で一悶着

青森県立美術館への巡回時にももめていた「人体の不思議」展。沖縄では展示の後援を県教委と那覇市が辞退するという事態になっているようだ。

沖縄タイムスによれば、共産党那覇市議団が3月20日から県立博物館・美術館で開催される「人体の不思議展」が本物の遺体を加工して展示するなど「人道上、医療倫理上問題がある」として教育長に後援を取り消すよう申し入れたとのこと。県教育委員会と那覇市は「後援辞退」を決めたそうです。

「子どもたちへの教育効果が本当にあるのかということを慎重に検討したい」との教育長の言が載っていますが、青森の入場者数を見ると展覧会としての人気は高いようです。

沖縄タイムス(リンク切れの際はご容赦ください)

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越後妻有アートトリエンナーレ出展作家、プレ映像を公開

2009年7月26日(日)〜9月13日(日)に開催される「越後妻有アートトリエンナーレ」の出展作家の一人である三田村龍伸さんが自身のHPで出展映像のトレーラーを公開しています。

三田村龍伸HP

 越後妻有アートトリエンナーレHP

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鑑賞カードセット...和歌山県立近代美術館

絵の中の「人」に焦点を当てた展覧会が和歌山県立近代美術館で開かれていますが、
同館では平成20年度文化庁・芸術拠点形成事業(ミュージアムタウン構想の推進)として、「児童生徒がこのコレクション展に親しみ、それぞれの感性を育み、想像力を豊かにできるような鑑賞教材」を制作、配布している。教材は2008年8月から12月まで近代美術館、和歌山県美育連盟、和歌山市美育協会、和歌山大学教育学部、NPO和歌山芸術文化支援協会、和歌山県立近代美術館図書ボランティアのメンバーが共同し作り上げたとされている。

鑑賞カードセットの概要
対象;主に小学校5年生、6年生
■A5サイズ13種類の鑑賞カード
■A5サイズ、24ページの解説冊子
■シールのシート
■上記を入れる紙製のフォルダー
制作部数:4,000部
先着順で無料配布

○和歌山県立近代美術館
www.bijyutu.wakayama-c.ed.jp/supporter/kyouzai2008.htm

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H-BOX...横浜トリエンナーレ2008

シャネル、エルメスと高級メゾンがアートプロジェクトを展開した2008年。
残念ながら、昨今の不景気の影響でシャネルのモバイルアートは予定より早く終了となった。
写真は横浜トリエンナーレ2008でのエルメスのH-BOX。


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本の展示の仕方

東京国立博物館で行われていた特集陳列「世界への扉ー東京国立博物館の洋書コレクション」(10月28日(火)〜12月7日(日))での展示風景。本の展示の仕方が参考になりました。

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特設ブログ「タネたちの今」...倉敷芸術科学大学

仕事がら卒展のサイトを見る機会が増えた。
また大学で運営するブログというものを考えさせられる機会も多い。
倉敷芸術科学大学の卒展サイトはよく出来ていると思うのだが、一点だけ気になる点があった。

○特設ブログ「タネたちの今」
http://maxa05.kusa.ac.jp/ge/blog/index.php?blogid=1
「タネ立ちの今」は倉敷芸術科学大学の卒展ページにリンクされている特設ブログという位置づけである。作品(と学生?)の観察日記風のスタイルで制作の様子を見せていこうという試みだったと思うが、卒展が始まった1月20日現在で、ブログのエントリー数は15。11月にアップされた後はほとんど動きが見られなかった。ブログは頻繁な更新を期待させるメディアだけにもう少しエントリーが欲しかった。
ブログの内容を卒展HPのトップページからも見ることができるように作られているのであれば、あえてブログとして独立させないほうがよかったのではないだろうか。

○倉敷芸術科学大学卒展
http://www.kusa.ac.jp/arts/ge/pc/index.html

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チャールズ・イームズ写真展

生誕100周年
チャールズ・イームズ写真展−偉大なるデザイナーのメッセージ
2008年5月20日〜6月8日
AXIS GALLERY(六本木)

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精悍な展示デザイン

イームズ夫妻といえば椅子が有名だが、彼らは写真や映像作品にも秀でていた。この展覧会では、デザインプロセスとしての写真を彼の引用句とともに紹介する。会場内につるされた写真パネルの裏にイームズの言葉が印刷されていて、来場者はパネルを裏と表から眺めることになる。壁際にはイームズの椅子が配され、ゆったりと腰掛けながら、しばしイームズの言葉に耽る。インスタントカメラの広告用に撮影されたイームズの映像作品とともに満足のいく時を過ごす。

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なお先着2500名に配布された6カ国語対訳の小冊子『チャールズ・イームズの100の名言』も入手。ヒンディー語も所収されているのが嬉しい。

8月8日にはイームズの映像作品集が発売となる。予約をお忘れなく。

チャールズ&レイ・イームズ 映像作品集 DVD-BOXチャールズ&レイ・イームズ 映像作品集 DVD-BOX


販売元:ジェネオン エンタテインメント

発売日:2008/08/08
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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XXIc.−21世紀人

XXIc.−21世紀人
2008年3月30日〜7月6日
21_21 DESIGN SIGHT

「三宅一生ディレクション」を打ち出した展覧会。以前のWater展に比べれば、コンセプトが弱く作品の魅力も少ない。「21世紀人」とはなんなのか、それはさっぱりわからない。だたベン・ウィルソンの人が中に乗る形の一輪車の制作・試走映像は面白かった。どうやら自走ができないらしい。映像にはしっかり後ろから支えている人が写っていた。そこがまた良い。それ以外には、デュイ・セイド作のスティックマンの「影」が記憶に残っている。

21c.ー21世紀人 21c.ー21世紀人

販売元:楽天ブックス
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What’s Good Design 2008

What’s Good Design 2008
2008年5月15日〜6月11日
東京ミッドタウン・デザインハブ

印象の薄い展示

2008年度、「デザインの受け手」を意識して審査領域が変わる。その変更点と賞自体のPRのための展示。パネルではなく、デザインされたモノから審査領域の変更の理由が伝わってくるような内容だとよかった。それにしてもデザインハブはいついっても空虚な感じがする。

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液晶絵画still/motion

液晶絵画still/motion
2008年4月29日〜6月15日
国立国際美術館(大阪)

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「液晶絵画」、その言葉の響きにまず魅了されはしないだろうか。本展は、一言でいうと映像作品展である。しかし、液晶ディスプレイに映し出される静的な作品たちと向き合うと、なるほどあえて「液晶絵画」と括ってみたくなるのもうなずける。初めに結論からいってしまえば、展覧会の内容はなかなかに楽しめたほうである。出展作品も「液晶絵画」というコンセプトから大きく外れるものは少なかったので、この種のタイトルにありがちな「看板に偽りあり」という印象もなかった。

 会場に入るとまず、照明を落とした真っ暗な部屋が用意されている。視覚を瞬間的に奪われた後、部屋の中ほどにあるスクリーンで、ビル・ヴィオラの映像作品と引き合わせられるという趣向である。来館者を液晶絵画の世界に引き込むための秀逸な仕掛けとなっている。ビル・ヴィオラの映像作品≪プールの反映≫は今見ても刺激的だ。約30年も前に作られたとは思えない。とある森の中、濁った水たまり(タイトルからすればそれはプールなのだが)に裸の男が飛び込もうとしている。次の瞬間、男は飛び込むのだが、その身は空中で制止し、やがてゆるやかに風景(森)へと解消されていく。一方、水面には男が飛び込んだ痕跡らしき波紋が広がっていく・・・そんな作品である。

ビル・ヴィオラの暗闇を抜けると、私の目当ての作家であるサム・テイラー=ウッドの≪スティル・ライフ≫と≪リトル・デス≫が目に入った。何年か前、ロンドンのナショナル・ギャラリーでほぼ同じ構図の静物画の隣にモニターを設置し、テイラー=ウッドの作品と見比べられるような展示企画に出会ったのが、私がテイラー=ウッドの作品に関心を抱いたきっかけだった。静物画として時間から切り出されたはずの事物たちに今一度時の流れを与えたかのような作品、その衝撃は今でも鮮やかに覚えている。ただ、画面に定着された「本来」の静物画が側にないと面白さは伝わり難いだろう。映像作品がなぜその形で映されなければならなかったのかは映像を見ているだけではわからない。パネルを用いてテイラー=ウッドのひな型となった静物画を説明するなど対応があればよかった。

ブライアン・イーノの作品は、作品それ自体というよりも展示されている空間の雰囲気がよかった。むろん、その雰囲気は作品によって作り上げられているのだが。部屋の一面に掲げられた縦長の4枚の液晶ディスプレイのうち、外側2枚は風景を、中2枚はゆるやかに像が変形していく女性が映し出されて、穏やかな土地の教会にいるような気分である。凝視してみるというよりは環境映像の類であり、そこでコーヒーでも飲みながらゆっくり読書でもするのが相応しい。このように環境映像として部屋に置いておけそうなものとしては、他に千住博の作品があった。映像で構成された水墨画といおうか、遠目には枯淡の味わいを感じさせる。

 本展の出展作品の中では、森村泰昌の作品が、面白さ、展示形態において突出していた。フェルメールの作品≪窓辺で手紙を読む若い女≫と≪真珠の耳飾りの少女≫を一つの映像としてつなぎ合わせたかのような作品≪フェルメール研究≫(正確にいえば、耳飾りの少女に扮した森村が書物を読んでいるところから、こちらを振り返って例の構図に到るという映像)。一方、フェルメールの≪絵画芸術≫の世界を再構成した作品は、森村の手法を知らずに見た人にはいまいち面白さが伝わらないだろう。解説過剰でも困るが、本展は全般的に解説が不足していたように思う。また、たまたま切らしていたのかもしれないが、多少解説も載っている出品リストがモノクロコピーだったというのも国立美術館としては残念である。

追記:
この展覧会において液晶絵画を成立させている液晶ディスプレイはシャープのアクオスでした。千住博の作品などはアクオスの黒い筐体が額縁のように見えてくるから不思議です。

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英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展

英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展
2008年4月25日〜7月13日
森美術館

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文句なしに刺激的。

 デミアン・ハーストの作品に引かれ、英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展を観に行った。ハーストの作品とは、まっ二つにされた牛がホルマリン漬けにされている例の「衝撃的な作品」<母と子、分断されて>である。私にとっては長らく実物を観たかった作品の一つで、ようやくの対面となった。実際に対峙してみると、図版で観ていた印象とはまるで異なり、衝撃的であるとかグロテスクであるという表現は相応しくなかった。むしろ静謐な雰囲気に包まれているといっていい。そう感じたのは牛の断面が極めて丁寧に処理されていたことも大きいだろう。「生物を切る」という行為は料理のため日常的に行われている。ただ、文脈から切り離しそれだけをクローズアップして提示すると普段は隠されていたものが立ち表れてくる、そう頭でのみ理解している時は「グロテスクだろう」と勝手に決めてしまっていた。今回もまた実物を観ることの大切さを改めて教えられた。

 ターナー賞の受賞作だけを集めたこの展覧会が面白くないわけがない。ジリアン・ウェアリングのほとんど動きのない60分の映像作品を展示してしまうのはさすがに無理があるのではと思ったが、来館者は映像と作品解説を見比べながら作品の面白みを確実に掴んでいたようであるし、マーティン・クリードのライトが点いたり消えたりするだけの作品のある部屋では、通り抜けていった家族連れが狙い通りの会話を残していった。「これが作品なんだって」「うそでしょ」と。私のもう一つの目当て、マーク・ウォリンジャーの着ぐるみの熊の映像も楽しめた。そう、どの作品も期待を裏切らない刺激に溢れている。

出展作品の面白さもさることながら、本展は展覧会としての完成度が非常に高い。パネルのタイポグラフィー・デザインや作品(特に映像作品)の配置、モニターに映し出されたスライドショーなど隙がない。とくに章ごとに壁に据え付けられたモニターが映し出すスライドショーはデザイン的にも恰好がよく、その年の候補作品を順に観ることができる仕掛けである。ただ、来館者の多くは情報が時間差で表れてくるスライドショーよりも一度に把握しきれる文章のほうが読みやすいとみえる。しばし観察していると、スライドショーには一瞬目を向けるもののモニターよりも普通のパネルを見ている時間のほうが長いようであった。

この他、オーディオ・ガイドも無料で借りることができる。普段は借りない私も試しに使わせてもらったが、その内容の良さに驚いた。個々の作品解説というよりも、作品に即してターナー賞の歴史を辿るという構成で、その年の授賞式のエピソードなどトリビア的な内容が充実感を高める。機会があればもう一度見ようと思う。

英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展HP

英国美術の現在史ターナー賞の歩み

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ルーヴル美術館展 フランス宮廷の美

ルーヴル美術館展 フランス宮廷の美
2008年4月26日〜7月6日
神戸市立博物館

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神戸市立博物館でルーヴル美術館展が始まった。「ルーヴル」の名を冠して、人が来ない訳がない。覚悟の上で週末の午後に訪れたところ、案の定結構な人の入りであった。出品されているのは主に工芸の分野で絵画は少ない。

1階ホールには写真を撮るスペースが設けられていた。好評のようで、携帯電話で撮影していく人が後を絶たない。改めていうまでもないが、ミュージアムという「場」は多くの場合、旅行やデートの途中に利用される。であれば、人々が「その場を訪れた」という記憶を残す手助けをするため、何かしら準備をしておくことがミュージアムにとって大事なことである。まさに「情けは人のためならず」だ。「情け」という表現は、人々のためにこそ存在する今日のミュージアムにとって全く相応しくない言葉だが、「ミュージアムに行った」という記憶が人々にしっかりと残ることは、ミュージアムにいつか恩恵をもたらすはずだ。

展示の感想を述べる前に、ミュージアムの「使命」に関する話題をもう一つ。同じく1階ホールに掲げられた「メッセージ」のパネルには次のように書かれていた。ルーヴル美術館館長アンリ・ロワレットの言葉である。

「・・・館の広報用の標語を考えていたとき私たちが重視していたのは、「1793年以来すべての人に開かれている」ということです。この「開かれた場所」という考え方は非常に本質的で、まさに美術館の使命の1つ「できるだけ多くの人に作品を知ってもらうこと」を反映するものなのです。国際化が進む現在、美術館はもはや、ただ作品を見に来る場所にとどまる訳にいきません。美術館はその使命を自らに問いかけ、いかにして出来得ることを広げていくかを考えなければなりません。つまり展覧会によって作品を移動し、パリに来る機会のない人々にも作品を見てもらえることを考えていかねばならないのです。」

ルーヴル美術館はじめ海外の巨大美術館が、近年相次いで分館建設に着手しており、その設置場所は中東にまで及んでいる。ロワレットの言葉もこうした「美術館の世界戦略」という現状をふまえて読まなければならないが、「いかに出来得ることを広げていくか」という姿勢は学ばなければなるまい。

肝心の展示は、出品点数も充実しているし、当時の宮廷の「趣味」がよく伝わってくる内容であった。銀食器と嗅ぎ煙草入れなどの小物が充実し、見所の一つとなっている。なかでも背面が見えるよう展示された≪「枝付き燭台の」あるいは「鑞受けのある」ポプリ入れ一対≫や≪ダイヤモンドを象嵌した飾り武器模様の嗅ぎ煙草入れ≫などがその豪華さゆえか、来館者の足を止めさせていた。

ただキャプション(作品解説パネル)の配置は気になる。展示ケースの上部に設置されたキャプションは、背の低い人や視力の弱い人にとっては見にくいものである。実際、高齢の方は見にくそうにしていた。私も膝を曲げて視線を下げてみたところ、位置によってはライトの反射のせいで字が見えず苦労した。キャプションを上部に設置するというのは混雑を予想しての配置であろうが、子供や高齢者への配慮という点からみれば、問題があるように思う。

その一方で「こどものための鑑賞ガイド」が作成されていた点は評価できる。市立の博物館でこの種のガイドを特別展用にきちんと作成している館はまだ少ないはずだ。実際、なかなかお目にかかる機会がない。内容が充実している分載せられている情報がやや多かったのと、情報の配置にもう少し「まとまり」を持たせたほうが見やすいデザインになった、という点は改善点として挙げられよう。とはいえ、地道な活動がきちんと展開されているということを素直に喜びたい。その館が地域の中でどういう役割を果たしていこうとしているのか、こうした鑑賞ツールの存在からも感じることができるというものだ。

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写真撮影スペース。今は携帯電話での撮影が主流か。

ルーブル美術館展HP(朝日新聞社)
神戸市立博物館HP
「ジュニアミュージアム講座」:プログラムも充実している。

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オンライン展示考

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オンライン展示(online exhibition)考

美術館ウェブサイトの新たな可能性

 近年、「インターネット展覧会」という言葉を目にするようになった。ネットが浸透しつつある時期に盛んにもてはやされたアンドレ・マルローの「空想の美術館」を想起させるこの言葉自体に私自身抵抗がないわけではない。が、まずは次に挙げるオンライン展示をみてもらいたい。一つはニューヨーク近代美術館(MOMA)のDesign and Elastic Mind〔デザインとしなやかな思考〕というオンライン展示、もう一つは広島市現代美術館のインターネット展覧会である。

Design and Elastic Mind(オンライン展示)
広島市現代美術館インターネット展覧会(internet exhibition)

これらのサイト、特にMOMAのそれは美術館がこれまで行ってきたネット利用と明らかに一線を画している。非常に手の込んだフラッシュによりネットでしかできないことを実現してみせたと評価できる。インターフェース(画面)は世界的な評価を受けるウェブ・デザイナー中村勇吾の作品。

これまでも作家が自分の作品をネットで公開したり、実在する美術館が著作権が切れた作品の画像を公開したり、ということはあった。それらはしばしば「ギャラリー」という名称を与えられてきたが、どちらかといえばアーカイブであった。つまり、そこではある意図に沿って展示される展覧会ではなく、せいぜい常時公開の収蔵庫にすぎなかったのである。

それが今、実在の美術館が実際にネット上での展覧会に着手し始めている。もちろんMOMAのDesign and Elastic Mindはネット上だけで行われているわけではないがonline exhibitionと明記され、ウェブサイトも作り込まれている。普及媒体としてネットを積極的に利用しているだけではないか、という言葉も聞こえてきそうだが、決められた章立てのみならず、いくつかのテーマに沿って次々と作品をブラウジングしていけるところなどは、まさにオンライン展示の真骨頂である。ウェブ・デザインの成否が問われる部分であり、よく出来たインターフェースを準備することが今後更に求められていくことだろう。

そして、どうやら映像作品がオンライン展示という形態に適しているとみえる。実際の会場で映像作品を観るとなると、鑑賞に時間がかかるため作品数も制限される。まして混雑して立ち見などになったら最悪である。加えて、そもそもデータは複製可能を前提としている以上、乱暴にいえば存在するデータ全てがオリジナルな作品として成立しうる。データ化された映像作品は、どこでみてもオリジナルな映像作品として私たちの前に表れるといえよう。広島市現代美術館のオンライン展示はこうした映像作品で構成されており、なかなか面白い作品を観ることができる。

これまでは実際の美術館に足を運ぶ前に、今どんな展覧会が行われているか、や交通案内をチェックするのがウェブサイト利用の通例だったが、今や美術館のウェブサイトは、単なる情報掲示の場を超えて、それ以上の価値を持つに至ったとみるべきだろう。距離や時間に関係なく入場可能なもう一つの展示「会場」が、ネット上に確かに生まれつつある。今後もオンライン展示の動向には注目していきたい。


MOMAではDesign and Elastic Mindの他にもオンライン展示を観ることができる。
ニューヨーク近代美術館HP

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ウルビーノのヴィーナス

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ウルビーノのヴィーナス
古代からルネサンス、美の女神の系譜
2008年3月4日〜5月18日
国立西洋美術館

教科書的な展示内容

 イタリアから名画が来る。そう聞くと一点豪華な展覧会かと思ってしまうが、本展に限っていえばそうではない。美の女神ヴィーナスの古代における図像の在り方及びルネサンス以降の復活と発展の様子を辿るという教科書的な展示内容となっていた。つまり、≪ウルビーノのヴィーナス≫一点に焦点を合わせているのではなく、それも含めてヴィーナスの図像変遷を見せようとしている点が印象に残った。

会場では絵画のみならず、彫像やアクセサリー、調度品などに見られるヴィーナスの図像表現もみることができる。多様な展示品によって空間は、どこかヨーロッパの美術館のような雰囲気もあった。

 会場内に掲示されていたヴィーナスの図像変遷を示すパネルは、情報がよく整理されていて見やすかった。それによると官能性が際立つ≪ウルビーノのヴィーナス≫とは別に、ミケランジェロの下絵を参照した「男性的(哲学的ということらしい)」なヴィーナスの描き方があることがわかる。ポントルモの≪ヴィーナスとキューピッド≫だ。その作品も≪ウルビーノのヴィーナス≫の隣に展示されているのが本展の素晴らしいところ。きちんと構成された展示の中で観ればこそ、対比的に2つの作品を捉えられる。これらは収蔵先が違うのであるが、仮にイタリアで2つの作品が並べて展示されていたとしても、特に説明がなければ、影響関係などどこ吹く風、意識散漫通り過ぎてしまいそうだ。日本で、特別展で、観る意味もここに見出せる。

残念なのはジョルジョーネの描いたヴィーナスが展示されていなかったことである。ジョルジョーネの作品もパネルでは重要な位置付けにあったが、さすがに3点揃えるのは難しかったのだろう。構図を見る限り、企画した学芸員も出展させたかった作品に思えた。

展示室には図録に混じって、作品解説の拡大文字版も置かれている。こうした活動は地味なものだが、教育普及的な観点からみれば軽視できない。教育普及などと生真面目な表現をしなくとも、こうした「ちょっとした気遣い」が必要な人には嬉しいもの。コストも安く済みそうなので、他館でも導入が進むことを期待したい。

西洋美術館ではジュニア・パスポートという名称で小中学生向けの特別展用教育普及ツールを作成している。今回は、誕生・結婚・恋・キューピッド・もっとも美しい女神、のテーマ毎に簡単な解説が付く仕上がりとなっていた。このジュニア・パスポートを持った子供を見かけた人たちが「どこかに置いてないのかな」「便利そうだよね」と会話しているのが聞こえてきた。大人たちにも需要が多そうだが、今のところ配布はされていない。

それにしても上野の山は桜の季節。大変な混み具合を覚悟していたが、外の喧騒に比べれば、館内は落ち着いたものだった。

ウルビーノのヴィーナス 展覧会HP

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エミリー・ウングワレー展

エミリー・ウングワレー展
2008年2月26日〜4月13日
国立国際美術館(大阪)

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 エミリー・ウングワレー展を観た。いわゆる「プリミティブ」な表現が売りの作家であろうと別段期待していなかったのだが、展覧会の構成の妙もあり楽しめた。

エミリー・ウングワレーは、アボリジニーの儀礼のため身体に化粧を施す役目を果たしてきたとのこと。確かに彼女の初期の作品にはその影響が感じられる。同じ形態の繰り返しが主であり、そこで用いられる色や形にそれぞれアボリジニーの「伝統」に基づく象徴的な意味があるのだろうと想像できる。ただし、鑑賞者がこの初期作品を目にするのは展覧会の終盤になってから。初期といってもそもそも彼女がキャンバスに絵を描き始めたのは晩年のことだそうで、100点近い出展作品のほとんどが没前8年という時間に収まってしまうのであるが・・・。

この展覧会、通常であれば初期作品から晩年へと向かって時系列的に見せるところを最晩年から初期作品へと戻る構成になっている。亡くなる間際の円熟した抽象表現から徐々にその根底にある文化背景に近づいていく、というイメージだ。私にはこの構成が「単に伝統を引き継いだだけの、いわゆるプリミティブ・アーティストではないですよ」という企画側のメッセージのように感じられた。というのも、展示室に入ってすぐ目に飛び込んできたのが、大胆に刷毛で描かれたピンクと白と青の色彩が冴える抽象絵画だったからだ。誤解を恐れずいえば、「プリミティブ」というにはあまりに洗練されている作品であった。

この驚きを増幅する仕掛けの一つになっているのが、B2Fに設けられたユートピア・ルームであろう。国立国際美術館の展示室は地下にある。この展覧会ではB3Fがメイン会場だが、B2Fに前室的な展示スペースが設けられており、ウングワレーが生きた土地への背景知識が提示されている。ここでは儀礼に用いる「伝統」的な像などを見ることができた。最晩年から初期作品へ向かう構成、前室的なユートピア・ルーム、これら2つの仕掛けによって、彼女の最晩年の境地がいかに自身の文化と様式や色彩の面において抜け出しているかが伝わった。

作品では色彩の魅力が際だつ。白と黒のはっきりとした対比で描かれた力ある線もよかったが、赤やピンクなどを用いた作品の色の配置に強く惹かれた。

だが、なぜ彼女は評価されるようになったのだろう。彼女の表現の媒体がキャンバスでなかったとしたら、あるいは近代の西洋美術が「発展」の末辿り着いた抽象表現のようでなかったとしたら、作者がいわゆる「プリミティブ」な出自を有する、アカデミックな教育を受けていない老齢の女性でなかったとしたら、同様の評価を受けただろうか。西洋から「ユートピア」と名付けられた彼女の生地のように、そこにある種の歪んだ眼差しはないのだろうか。そう書いている自分自身にも、作品に対する同様の眼差しが働いているのではないか、と不安になる。作品は確かに満足のいくものだったが、どこか素直に満足できない気持ちを抱えつつ、展覧会を振り返っている。

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