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エイヤ=リーサ・アハティラ展

エイヤ=リーサ・アハティラ展
2008年2月3日〜3月23日
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館

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ビエンナーレでの評価は高いようだが・・・

 2010年に行われるという「瀬戸内国際芸術祭」について北川フラム氏の講演があると聞き、高松に向かった。ついでといってはなんだが、気になる企画をやっていた猪熊弦一郎現代美術館(丸亀市)に足をのばす。エイヤ=リーサ・アハティラ展である。勉強不足で作品を観たことはないが、彼女は世界的な評価を受けるフィンランドの作家。

作品は写真を含めて5点程度、映像作品は2作品だけというこぢんまりとした展覧会であった。メインとなるのは2005年のベネチア・ビエンナーレに出展されたという≪祈りのとき≫。愛犬の死という個人的にして普遍的な事柄が、マルチヴィジョンによる交錯した場面展開で語られる映像である。現実と虚構の往来が彼女の作品の魅力だそうだ。なるほど4面のマルチスクリーン上では、アハティラによって仕立てられた演技者によるナレーションと、ストーリーを補完する(と思われる)「景色」とがシンプルに交差していく。ビエンナーレで「絶賛された」とのことだが、どうも私にはピンとこない。感情を移入すべき拠り所を見出せなかったことが大きな理由だと思う。

どちらかといえば、もう一つの作品≪漁師たち≫のほうが面白かった。荒れた海に向かってひたすら櫓をこいでは船が波にのまれる、その繰り返しが映されているだけの映像作品。まるで出来の悪いホーム・ビデオのようなドキュメンタリー、その潔さにまず感服する。マルチヴィジョンを特徴とするアハティラの作風とは一線を画すようだが、映像としては面白い。不謹慎な笑いにすら導かれてしまう。「現代美術はわからない」を地で行く、全く意味不明な作品であった。いったい何を伝えたいのだろう、この種の作品ほどそれを考え始めると難しい。なにしろ映し出されているのは波に挑む漁師たちの無力な行為だけである。魚が捕れたのかどうかすらわからない。大波が来て、船が転覆し、漁師たちが波間に漂う。彼らが本当に漁師かどうかも怪しくなるほど、船は簡単に転覆してしまうのだ。タイトル(エチュードと付け加えられている)から察するに「習作」という位置づけのようだから、今後別の形でこの漁師たちと対面することもあるかもしれない。そのときに真意を知ることもできよう。意図を理解することは困難な作品であったが、アハティラの視線の中には、好奇や嘲笑といったものはなかったことを最後に付け加えておきたい。

展覧会としては期待したほどの作品量がなかったことに加え、≪祈りのとき≫は英語のナレーションのみで字幕がなかった点が気にかかった。英語がわからなくても映像からわかる範囲で類推する、それも映像表現の持ち味なのかもしれないが、来館者の大多数にとって親切であるとはいえないだろう。別刷りで解説を掲げるなど工夫が欲しいところである。

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館HP

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