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「ユビキタス」を使ってみた

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青森県立美術館平成19年度常設展Ⅳ
2008年1月1日〜2008年4月13日
青森県立美術館

「ユビキタス」を使ってみた。

 ≪青森犬≫の写真が撮れるようになったということなので、どんな様子か青森県立美術館に出かけた。けれども、今回の話題は以前から気になっていたユビキタス端末。青森県立美術館は県立クラスでは初めてユビキタス端末を導入した美術館として知られている。実際のところその使い心地はどうなのか、使用感をレポートしたい。

 まず利用には申請書類が必要になる。「いつでも・どこでも」が合言葉と化したユビキタス端末を利用するために「記入」という古典的な所作を求められるとどこか居心地の悪さを感じてしまうのは私だけだろうか。できれば、もっと簡単気楽にアクセスしたいところだ。さて書類を書いてから機器の説明を受けるのだが、バッテリーは2時間しか持たないとのこと。もちろん会場を2時間かけてゆっくり回る人は多数派ではないとはいえ、今のPCやポータブル機器の持続時間を考えれば、かなり短い。特別展との併せて会場を巡るとなると少し心配であろう。筐体も大きめで、ハードとしてはまだまだ試作段階という感じである。

 コンテンツに関していえば、既に何度も訪れている私にとって館内情報は必要ないので、その点に魅力はあまり感じない。ただ初めて館内を訪れた者にとっては推奨ルートなどの情報は役に立つ面も多いはず。ただし「推奨ルートにしたがって展示室〜に進んでください」と言われるだけでは、その先の展示室に何があるのかは検索しなければわからないので、ガイドというには少し頼りない。肝心の作品や作家についての情報量も少なかった。求める情報の質と量は各人で異なるとはいえ、それぞれに対応できてこその「ユビキタス」であろう。現状の内容では機器を持つことで障害が増えただけのような気もする。端末の操作それ自体に煩雑さはないが、機器の装着感、端末を持って館内を歩くという行為に慣れるまでには時間が必要だ。少なくとも私の場合、手ぶらで館内を歩くよりも巡航に入るまでの時間は確実に増えている。

 利点を言えば、たいてい展示室の入り口付近に掲げられている解説パネルを見ずとも作品の前で作家情報が耳から入ってくることだった。作品を観ながら知らない作者についての情報を引き出せるのはやはり有り難い。ただセルガイドやオーディオガイドでもそれは可能なことなので、セルフガイドやオーディオガイドよりも操作が増えるだけのユビキタス端末に利点があるのかと問われると疑問符が付く。ユビキタス端末の利が出るか出ないかは、今後のインターフェースとコンテンツ開発の状況次第といったところか。例えば、作品の前に立てばその作品の解説が自動的に始まるならいい。しかし、今のところ端末をタッチペンで操り、画面中の作家タブ、作品タブを選択し、更にその後、個々の作品名までをも選択しなければ解説に辿り着けない。その動作の間、鑑賞者は端末に目を落としたままとなる・・・。

 また今回ユビキタス端末を利用してみて改めて意識したのが、館内をただ歩いているときにも私達はその美術館の雰囲気を感じ取っているということである。端末の利用によって逆説的に、館の雰囲気まで含めて私達の美術館体験は成り立っているという基本を再確認した。端末に目を落として、というか端末に意識を向けながら館内を回った結果、終わってみれば、普段のように美術館という展示空間を楽しんだという感覚は少なく、それぞれの作品の断片的な記憶だけが残った。私の場合、端末を使うことによって美術館という空間への意識が削がれていたのだった。

 ユビキタス端末を導入し、社会実験的に試用してみることの意義は深い。またそれに予算を割いた青森県立美術館が国内の美術館の中で今現在果たしている役割も見逃せない。ただ、もっとハード、ソフト両面における性能の充実をみなければ、「ユビキタス」という言葉の持つ意味を受け止めることはできないだろう。「使ってよかった」という状態になるまでには、今後のコンテンツの充実を待つ必要があるようだ。

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