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東北大学の至宝 資料が語る1世紀

東北大学の至宝 資料が語る1世紀
2007年11月2日〜12月9日
仙台市博物館

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大学博物館の行く末は・・・

 近年、大学の生き残り戦略の一つとして大学博物館設立の動きが加速している。この流れと時を同じくして、東北大学でも博物館建設計画が進んでいる。近い将来新設されるであろう総合学術博物館(現在は理学部自然史標本館に間借り)における展示の成否を占う意味でも、開学100年を祝う本展の成果は気になるところだ。

 結論から言って、この展覧会は視覚的な面白さに欠ける。例外は自然史標本館の収蔵資料と河口慧海関連の展示である。考古資料もそれなりに眼を楽しませてくるが、それは既視感のある展示品にすぎない。どこかで見た、そういう印象がぬぐえない。全体としては文献資料が多く、「至宝」といえど眼福は今ひとつ。最高学府として大学が積み重ねてきた業績には確かに目を見張るものがあるのだろうが、それは視覚的に理解するというよりは解説を読むことで理解される。誇らしげに飾られた教授先生たちの写真にも辟易だ。安井曾太郎の≪T先生の像≫も構図の妙に触れられず、ただの似顔絵としてそこにある。

これら300点以上の展示品数を「充実」と捉えるか「過多」と捉えるかは展示品の魅力によるところが大きいが、私には展示品が「多い」と感じたし、分野が多岐にわたりすぎていて散漫な印象もあった。

 もちろん大学のPRという意味では、これでよいのかもしれない。狩野文庫始め貴重な文献が収蔵されていることを学外の人に知ってもらう良い機会となったことは確かである。ただし研究のPRという点に重きを置くのなら、現在であればサイエンス・カフェ等、市民参加のイベントのほうが博物館での展示という形態よりも半歩先を行っているように思う。

博物館に展示されるのは過去の遺物であり、今行われている最新の研究ではない。どうしても過去の研究成果の記念碑的な展示になってしまう。展示の流れや解説文において、東北大学の「今」の研究と展示品とがどう結びついているのか、その点をもう少し明確に語ってほしかった。ミュージアムといえどもブランディングが不可欠の現在、総合学術博物館は自らの魅力をどう人々に訴えていくのか。東北大学の博物館というだけでは、人々を惹きつける展示にはならないだろう。

追記:
新たに大学博物館を建てるよりは、大学全体をミュージアムと見立てたほうがよっぽど面白そうだ。それなら科学館も真っ青の最新機器も「展示」できる。


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