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2007年9月

オープン・スペース2007

オープン・スペース2007
2007年4月19日〜2008年3月9日
NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)

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無料で一日中楽しめる

 「メディア・アートって面白い!」、ICCに来れば誰もがそう思うだろう。参加者が触れたり、操作したりすることで機能する作品たちは難しい理屈抜きに楽しめる。もちろん、ただ楽しむだけではなく、作品に対する新鮮な驚きは、それらを支えている技術や発想に対する興味を否応なく高める。デジタルとアートの理想的な融合がここにある。

なかでも特に面白いと感じたものをいくつか紹介しよう。まずは視覚的な驚きが強烈な印象を与えるグレゴリー・バーサミアンの<ジャグラー>。オレンジのワイヤーフレームの人形がジャグリングをしているように見える作品である。アニメーションの原理を単純だが効果的な方法で体感させてくれる。

長い作者名が特徴的な、橋本弘太郎 dpa project 科学技術振興機構(JST)東京大学<Sharelog>は、SuicaやPASMOをかざすと移動履歴が画面上に表示されるというものである。先に読み取られた他人の履歴が色違いで表示され、移動履歴によるある種一回限りのコラボレーションが生まれる。作品自体に派手さはないが、基本にある発想が非常に興味深い。

中居伊織の<streetscape>もコンセプトに共感できる作品だ。ある場所の道筋が刻まれたボードをタッチペンでなぞると、その街の道ごとの音を聞くことができる仕掛けである。大きな道は騒々しく耳障りな音で溢れる一方、小さな路地にも普段は聞き逃しがちな音があることを知る。街から他の要素を取り払い、「音」だけを味わう体験はなかなか得られない。そこから普段とは違う考えも生まれてくる。

展示作品はどれも甲乙付けがたいが、私にとっての一番となると、minim++の<KAGE>である。床から生えた「角」をつかむと影のように映像が表示される作品で、そこに作品と人とのやりとりが生まれる。表示される映像はそれぞれの「角」によって異なり、時間的にも短いため、何度でも触ってみたくなる。また影は床面だけでなく壁面にも投影される。タイドプール(潮だまり)で魚や貝を眺めて遊んでいるような、不思議な感覚を得られる素敵な作品。

また「階段を上がる」という何の変哲もない運動を喜びへと変える、音の出る階段<ゲイナーカイダン>も楽しい。本当に下手な遊園地よりも楽しめる、そんな場所が無料というのもすごいことだ。友達と一緒に訪れて、ただ観るだけではないインタラクティブ(双方向的)な作品たちを思う存分楽しもう。

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メルティング・ポイント

メルティング・ポイント
2007年7月21日〜10月14日
東京オペラシティ・アートギャラリー

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あなたは作品と融合できましたか?

 本展「メルティング・ポイント」は、ジム・ランビー、渋谷清道、エルネスト・ネトによるインスタレーションで構成される。私なりに各作品の特徴を言い表してみよう。ランビーは「派手」、渋谷は「静謐」、ネトは「温和」である。これぞ現代美術という作品たちは、観る者の期待を裏切らない。

展覧会名にこめられた意味は、次の通り。「メルティング・ポイントとは、<融点>を意味する言葉で、固体が融解し、液化する温度であるとともに、固体と液体が共存する瞬間でもあります。異なるものが同時に存在する場所であり、作品が空間や人に作用し、変化していく様子を象徴的に表しています。」

色彩が特徴的なランビーのインスタレーションでは、融解を視覚的に感じ取ることができる。規則性のある床面の上で不規則な融解を起こす絵具。強烈なインパクトであるが、これはある意味わかりやすい。作品と鑑賞者の融解を誘発するという意味では、渋谷とネトのインスタレーションの方により強い働きかけを感じる。

渋谷の展示空間に入る前、まず靴を脱ぐことを強いられる。茶室の躙り口のような「入り口」があり、姿勢も強制される。ただ、その「入り口」をどのように抜けるかは訪れた者の自由である。身体感覚が刺激され、ちょっとした作家気分でパフォーマンス。身体を動かしながら展示室を移動する。展示室にはそれが許される雰囲気がある。さらに奥へ。

ネトのインスタレーションはどこか温かい。ストッキングの生地のような巨大な布が2枚、その間を有機的な柱がつないでいる。布にはところどころに穴があり、そこから頭を出して覗けば知らない人と「こんにちは」の状態になる。友人曰く、「モグラ叩きのモグラの気分」。たったこれだけの仕掛けだが、面白く、そして温かい気持ちになるのはなぜだろう。本展には「ナビゲーターによる対話型のギャラリー・クルーズ」の日が設けられている(日程要確認)。参加できればきっともっと楽しくなるはずだ。

3人の質の高いインスタレーションによって展示室がいい雰囲気、遊べる雰囲気を生んでいる。現代美術によって研ぎ澄まされた空間で、感覚を解放する心地よさを堪能できる。この展覧会、行って損無し。

余談であるが、本展ではパンフレットとカタログの表紙が出展作家ごとに三種類準備されている。自分の好みの作家を選べるよう工夫されているのが嬉しい。

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ジム・ランビー版

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渋谷清道版

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千總コレクション 京の優雅

千總コレクション 京の優雅
〜小袖と屏風〜
2007年9月14日〜10月21日
仙台市博物館

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京都の美、日本の美

 創業450年、京の染織業の老舗千總のコレクションから成る展覧会が始まった。友禅染の小袖ではさほど興味が沸かないかと思っていたが、そんなことは杞憂であった。素晴らしく、美しい。展示室に入って、まずその色彩とデザインの豊かさに圧倒された。友禅染裂の展示である。意匠には美しさだけでなく、遊び心もみられる。「座敷尽し」といって、部屋(座敷)を連ねて模様にしているものなどが良い例だ。

おそらく私の人生の中で小袖など着る機会はないだろうが、見ているうちにデザインの好き嫌いがはっきりしてくる。自然と「着る」ことを前提に見ている自分がいる。服とはそういうものだろう。その結果、自分は全面にデザインがある柄物は好きではなく、余白を感じるあまりうるさくないデザインが好みのようだ。そして動物の図案よりは植物のほうが良い。少し前に某局で美術館の楽しみ方を取り上げた番組があった。そこでは「買うつもり」での鑑賞を提案していたが、本展ではさしずめ「着るつもり」での鑑賞が面白い。これは女性のほうがより楽しめるのではないだろうか。

屏風始め、絵画が充実していたのもよかった。京都の大店は祇園祭りの際に店先に屏風を飾る風習があり、昔は贅を競ったとされる。有名なところでは円山応挙だろう。また友禅の下絵も多く観ることができる。訪れる前は着物に対して絵画が弱いのかと思っていた。たしかに実際の点数では小袖が多いが、印象では半々といったところだ。

綺麗なだけでなく面白い絵が一点、記憶に残っている。それは西洋の寓意画ないしヴァニタスを思わせる作品で、片方に頭蓋骨と月、もう片方に舞妓に桜を描いたものである。海外の美術館を訪れるとこの種の図案が宗教画の扉絵として描かれているのをよく見かける。日本に昔からこの2つを対として描く伝統があったかどうか、真相はわからないが、もしかしたら西洋の銅版画などから想を得たのかもしれない。時代が明治初期だとすればその可能性もあるだろう。

さて、この展覧会にはぜひ着物で訪れたい。着物割引が設定されていて200円安くなる。会場にも着物のお客様がお見えであった。着物を着る手間を考えると割引額が安いかどうかはわからないが、展覧会に花を添えることは間違いない。

今回の特別展にあわせて、プレイミュージアムでは紙のパタパタを作る企画が催されている。屏風の構造との関係からだろう。どこからか「懐かしい」という声も聞こえてきた。人気が出そうな企画である。

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閑話休題08

閑話休題08
映画『スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー』

 グッゲンハイム・ビルバオ(スペイン)を建てたことで知られるフランク・O・ゲーリー。本作は、彼との対話によって構成されたドキュメンタリーである。監督は友人であるシドニー・ポラック。

ゲーリーの手によるグッゲンハイム・ビルバオは「彫刻的建築」と評される。銀色の船とも塔ともつかぬ建物は、どのような発想を経たのであろう。映画を通して、その一端を知ることができるのは幸運だ。ビルバオを訪れたことはないのが悔やまれる。ゲーリーの活動は今や建築に留まらない。家具や宝飾デザインもこなす。本作のスポンサーがティファニーであるのも、コレクションを展開している関係から。

性格の問題もあり成功までには苦難があったようだが、良いカウンセラーとの出会いが彼を徐々に変えていったことがわかる。個性的な美術館を建てた者は家もまた個性的である。造形は不規則であり多面的だが、光が良く入る。

題名にもあるように、彼の「スケッチ」は極めて特徴的であり、本作でも見所の一つであることは間違いない。誰にも判別できそうもない、スピード感のある入り組んだ線。出来上がる建物とは一見まるで別物だ。しかしフランク・ゲーリーという建築家にとって、それらは確かにつながっている。彼自身の話によると、小さい頃彼のスケッチを見た占い師が有名な建築家になると予言したというほどだ。

なんといっても、彼がいかに自分の建てたものに対して愛情を注いでいるかが伝わってくるのがいい。言葉だけでなく、その表情、仕草からも。派手さがない、静かな映画であった。

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スピリチュアルな考古学

スピリチュアルな考古学
−祈りと愛のかたち−
2007年7月20日〜9月17日
地底の森ミュージアム(仙台市)

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スピリチュアル・ブームへの迎合

 地底の森ミュージアムは、2万年前の氷河期の森とそこに残された生活の痕跡を売りにしている。太古の木が折り重なって黒いシルエットを浮かび上がらせる様はなかなか壮観だが、今回の目当ては常設展ではなく特別企画展のほうである。

題名からして昨今のスピリチュアル・ブームに乗った企画であることは明白である。それを批判するつもりはない。どのように展示に反映させているのか、大方の見当は付くが、実際のところを確かめておきたかった。

結論から言えば、古代(展示品には平安時代の遺物も含まれている)は現代よりも目に見えないものへの畏敬の念があった、という予想通りの展開であった。スピリチュアル・ブームの実情に詳しい訳ではないが、昨今言われている「スピリチュアル」と彼らの祈りの心情を同列に語ることには抵抗がある。そこにはかなりの隔たりがあるのではないか。一つには「個人」という概念が導入されたことが大きい。彼らの祈りや畏怖は共通認識たる世界観に支えられたものであるが、現代社会における「スピリチュアル」は「癒し」という個人の問題に帰する側面が強い。この2つを見比べることに意味を見出すなら、単に昔のほうが霊的なものとの関係が深かったと結論づけるだけでは物足りない。もちろん、いろいろな見方があってよいが、「個人」としてはあまり納得できない展示内容であった。

ただ一つ勉強になったのは「〜だったのかもしれません」、「〜だったのでしょう」という言い方を多用してはいけないということだ。語尾が断定的な表現でないと説得力に欠ける。なお、会場には勾玉作りのコーナーが設けられていた。

追記
パンフレットの絵、展示にはなかったのだが、いったい誰が描いたのだろう・・・。

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ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展

ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展
〜アリス、あるいは快楽原則〜
2007年8月25日〜9月12日
ラフォーレミュージアム(ラフォーレ原宿6F)
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幻想の博物誌家

シュヴァンクマイエル展をみた。シュヴァンクマイエルは、熱狂的ファンをもつチェコの映像作家である。場所はラフォーレ原宿。来館者層は当然のごとく若い。本展は彼の代表作である『アリス』の世界を主軸に、彼のドローイング、立体作品を展示している。展示品の選定はシュヴァンクマイエル本人が行ったという。

シュヴァンクマイエルといえばコラージュの手法で知られているが、生物のコラージュ(あるいはキメラ)ともいうべき「博物誌」のオブジェ群が、展覧会の導入になっている。骨や剥製、木などが継ぎ接ぎにされたオブジェにより誕生する架空の生物たち。彼の独特の世界観が、観る者を惹きつける。幻想の博物誌家、そんな言葉が浮かぶ。図鑑には存在しない生物が彼の頭の中に確かに存在したようだ。そのほか、アルチンボルドの連作四季<夏>を引用したものや、17世紀の版画に着想を得たドローイングを観ることができる。

倒木を赤ん坊に見立てたような人形があった。<オテサーネクの人形>である。これも「継ぎ接ぎ」してあるのか、題箋からはわからなかったが、よく見つけてきたものだ、と感心する。魔物の子供のようにすら思える、なんとも不気味な木の人形。人形たちの中には彼の映像に登場したものもあるというが、映像作品を見ていた者はそのことも楽しめただろう。不幸にも私は元の映像を見逃している。この木の赤ん坊も動いていたのだろうか。

展示品もさることながら、展示の方法にも見るべきところがあった。中が見えないように覆ったアームサックが壁にかかっている。手を入れてみて中の感触を確かめることで「触覚」を解放させる仕掛けだった。となりの解説文にはガラスも中に入っていると記載されているので、恐る恐る手を入れてみる。自然と感覚が鋭敏になる。またハンズ・オンでぱらぱら漫画の動きを実際に試してみることもできる。シュヴァンクマイエルによる『人間椅子』のための絵が動く。やはり手にとって見られるのは面白い。

シュヴァンクマイエル自身にとっても「触る」ということが重要な意味を持っているようである。なるほど「触覚」はエロティスムという快楽原則にとって大きな要素である。しかしそれ以上に、視覚に囚われずに世界を知覚するための手段が、彼にとっては「触覚」だったのだろう。展示においても触覚主義が謳われている。

シュヴァンクマイエルの膨大な作業量を感じさせるコマ撮りの映像の中で、「触覚」に対する意識はどのように活かされているのか、本展によって新たな視点を得たように思う。

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奥州一宮 盬竈神社

奥州一宮 盬竈神社
しおがまさまの歴史と文化財
2007年8月9日〜9月24日
東北歴史博物館

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文献が多かった

 塩竈神社は、留守氏、伊達氏始め、東北の武将たちに厚く保護されてきた。とくに伊達家の第4代綱村は、神社の造営と調査を命じ、今日の社殿の形を築いたとされる。塩竈神社にまつわる歴史資料を一堂に会し公開したのが、本展である。

今回の展覧会は、「文字」を観て帰ってきた印象が強い。博物館らしい展示である。書き下し文がないので史料を一瞥し、キャプション(解説文)から情報を得る。「観る」よりは「知る」喜び。絵画は少ない。視覚に訴えるものに、塩竈神社の神事を映した映像があった。普段あまり見ることがない神事の様子が見られた。ただ、何分の映像なのか、表示がなかったのは設置の際の改善点。

途中、太刀が充実していた。しかし、飾り棚が明るい水色に塗られており、刀が持つ凜とした表情、鞘の装飾の雰囲気とそぐわない。なぜ水色を採用したのだろう。展覧会が水色を基調にデザインされているわけでもない。以前の円仁展でも感じたことだが、展示の内容には力を入れていても、見た目の美しさにはあまり気が配られていないように見受けられる。

教育普及の企画もある。「フォトギャラリー「一森山」」は、来館者が参加できる写真展だ。私の好きな一森山、家族で行った一森山、というテーマで塩竈神社の境内で撮影した写真を会場外のロビーにパネル展示してくれるというものである。来館した後で塩竈神社を訪れなければならないというところがネックになっているのか、会期一ヶ月経って、展示されている写真は10枚もなかった。寂しい状態である。会場とは別の場所に足を向かわせるという意味では、ハードルの高い企画であったのかもしれない。

残念なことに、送られてきた写真の展示の仕方が全く考えられていない。数が少ないなら余裕をもって展示できるはずなのに、数が増えても張り替える必要がないように考えてか、片側に詰めて貼っていた。これでは余白が目立ってしまうし、作品としてちゃんと扱われている感じがしない。「写真を送ってみるか」という気にさせる見せ方も大事になるだろう。

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閑話休題07

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閑話休題07

『美術検定 1・2級受験のための美術実践講座キーワード
これだけは知っておきたい88』美術出版社,2007年.

少なくとも、このくらいは

 以前、このブログで美術検定について批判的なコメントを書いた。今回は、それに関連した話。少し前になるが、その美術検定の受験参考書が登場したのである。なかなか役に立ちそうな本だったので紹介したい。

 この本はアートナビゲーター検定の過去問集ではなく、関連知識のキーワード辞典となっている。そのため、美術検定を受ける者以外にも広く役立つ内容になっているのが嬉しいところ。ミュージアムで働きたいと思い始めた学生や、アートプロジェクト等に興味をもった人がまず参照するのに適している。一言でいうと、「少なくとも、このくらいは押さえておきたい」という知識が集められている本である。

 88のキーワード毎に大まかな知識を与えることが目的となっているので、興味をもったら巻末の参考文献リストを基に、さらに理解を深めていく必要がある。ただし、その参考文献リストが物足りない。過去の問題作成者から提出してもらったリストを基にしているようだが、博物館教育と美術館建築に関する書籍がとくに手薄な印象。もっとも芋づる式に読みあさっていけば、いずれは辿り着くのかもしれないが・・・。

 文中でとくに押さえておきたいのが、現状での課題や論者の見解が書かれた箇所である。例えば、「公募展」の項では、作品を美的な判断で批判するだけでなく、生涯学習という視点から捉え直してみる必要があると論じられている。こういう部分が随所に見られるのが本書の良いところである。おそらく検定の際には、これらの現状分析と見解を暗記しておくと点がとれる仕組みになっているのであろうが、こういう本が一冊あると助かるもの。検定制度の是非はともかく、便利に使えるありがたい副産物が出てきたことを素直に喜んでもいいだろう。

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