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2007年8月

もとまちアート海廊

もとまちアート海廊(ウォーク)
2007年7月1日〜8月10日
宮城県塩竃市本町通り商店街一帯
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アートプロジェクトの難しさ。

 塩竈市本町通り商店街を舞台に、もとまちアート海廊が行われた。一度足を踏み入れると、商店街の活性化が切実な問題であることがわかる。すでに街の機能は別のどこかに移りつつあるのだろう。

アート海廊の中心になるのが、廃銀行を利用した「美術計画」というプロジェクト。美術計画自体はアート海廊のために立ち上げられたものではない。「・・・と、ある場所の記録」をキャッチコピーに県内各地の利用されなくなった場所を舞台に展覧会を行っている。忘れられた場所にもう一度なんからの気配を生じさせるという美術計画の活動は非常に面白い。ただ、その場所が活かし切れていないという印象も同時に受けた。そこでなければ作れない、そこにしかない、そういう作品に出会うことができなかったことは残念だった。コンセプトに対してコンテンツが弱いと言うべきか。

同じ廃行内で上映されていた映像作品と高校生の作った段ボールのガンダムのほうに私は魅力を感じた。映像作品は金庫室に設けられていた。シルエットとして映る人、空を行く雲、あるいは街の「日常」の景色。記憶の中の「ある日の風景」とでも呼べる光景がつぎはぎされた作品で、これはなかなかに見ていられた。
 
段ボールで作られたガンダムは天井に届きそうな程の大きさである。それが計4体。よく作ったなあという感想だ。ただ、これは美術なのか、そう疑問を呈する人もいるだろう。なるほど主題は既成のキャラクターにすぎないし、独自の表現があるわけでもない。工作と言ってもいい。しかし、手のかかり具合で言えば、美術計画の作品と見比べても遜色はない。というより、美術計画の中でこのガンダム程に手がかかっている作品は少ないのではないか。かけた時間と労力のみで判断はできないが、存在感はある。

 アート海廊自体は前述の美術計画の他、各商店が「作品」を出展している。そのため商店を渡り歩くことになるのだが、そこにはいわゆる美術作品として観ることができるものはほとんどない。商店街の中に眠っているアートを呼び覚まし集客の力にしようという意志はひしひしと伝わってくる。だがそれゆえに、アートプロジェクトにおいて純粋に「鑑賞者」として商店に足を踏み入れるのは難しい。購買を期待される「来店者」として、ある種のプレッシャーが付きまとうのだ。

ある「場所」への注意を喚起するという意味では、作品が作品としてそこに存在する必要はなく、ただイベントを行えばよい。しかしプロジェクトがアートを手段とするのであれば、作品自体に力がなければ人を惹きつけることはできないのかもしれない。そのあたりにアートプロジェクトの難しさが見え隠れする。


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日本彫刻の近代

日本彫刻の近代
明治期から1960年代まで−日本彫刻100年の歩み
2007年8月7日〜9月17日
宮城県美術館

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彫刻の魅力、再発見。

 普段あまり意識されることはないけれども、駅や公園など、彫刻は私たちの身の回りに確かに存在する。この展覧会を観た者は、それまで「地」として通り過ぎていた彫刻を「図」として意識し始め、ふと足を止めることだろう。

 本展では、日本が近代国家の看板を掲げた明治期から1960年代までの彫刻作品が時代に沿って展示されている。つまり、日本彫刻の近代史(あるいは彫刻史そのもの)を展示室の中に再現してみせるという試みだ。佐藤忠良記念館を有する宮城県美術館において、それが行われるということも本展の意義を深めている。

 展示室の順路が普段とは逆に設けられていた。入り口すぐのところに旭玉山という人物が作った<人体骨格>なる模型が展示されている。小さな骸骨が椅子に座っているのだが、実に精巧でなんともユーモラスな姿だ。明治にこんな面白い物があったのかと驚いた。材質は鹿の角である。今回の展覧会はキャプションに素材の表記がなかったが、出品リストから素材を調べることはできる。ただ、作者は彫刻作品としてこれを作ったのだろうか。学校の理科準備室に置かれているものとは何が違うのだろう。これを彫刻と呼べるのか。少しわからなくなる。

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彫刻というジャンルほど「日本」と「人間」という意識と格闘してきたものはなかったのではないか。展示を観るとそう思える。この2つがとにかく意識されてきたようである。それは「彫刻」が他所からもたらされた全く新しい概念だったからだろう。なるほど仏像や偉人の像は作られてきた。ただし、それは宗教的な像であって美術ではなかった。そこに西洋から「美術」という概念を構成する一つの領域として「彫刻」がもたらされる。大きな揺らぎがあったはずだ。

「日本」と「人間」、この2つが共に意識されている理由は明確だ。これらは西洋に対する二種類の反応である。西洋という「他者」の存在が大きくなってくると、日本という「自分」が意識される。そこに「日本」とは何か、という問いが生じる。ある時は国家がそれに対する解答を誘導し、ある者は伝統的な木彫りの技に取り組むことで「日本」を見つめてきた。

その一方で、そのとき西洋の根幹にあったヒューマニズムを理解するために「人間とは何か」を突き詰める。こちらはロダンに倣った、ロダニストの表現にみることができよう。彼らの表現は思想への共鳴でもある。他者を理解しようとする心の動きと、翻って自己を眼差す心の動き。どちらも私たちが初対面の人と向き合ったときに起こる素直な反応である。

展示室に展開された彫刻史を眺めていくと、戦争の影響を重く受け止めざるを得ない。直前の大正期の表現はキュビズムの影響もあり非常に豊かである。仮に日本が戦争へと向かわなかったら、どんな面白い表現が出てきたのだろうか。そう予感させるに十分な内容であった。戦争は表現をがらりと変えてしまった。展示の最後を構成する抽象彫刻もまた同様に、彫刻史の一部として眺めたときに初めて気づくことがある。表現としての面白さのみならず、作家たちがなぜそういう方向へと向かっていったのか、それを少しだけ理解できたように思う。

駅前でいつも見かける彫刻を、次からはきっと少し違う目でみるだろう。そう思えるだけの豊かな時間を過ごすことができた。

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この展覧会に併せて、宮城県美術館は「身近な彫刻を探そう!彫刻探検隊」というワークショップを行っている。計4回の開催で、最後には「彫刻判定会」なるものも開かれる。前述のように、この展覧会を観た者は彫刻に意識的になるはずであるが、プログラムを通じて意図的にそうした気持ちを生じさせようということだろう。パンフレットの写真にもあるように、街に彫刻は溢れている。

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柳宗悦と東北の民芸

柳宗悦と東北の民芸
2007年8月3日〜9月2日
仙台市博物館
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「民藝」から「民芸」へ

『柳宗悦と東北の民芸』、本展は宮城民芸協会設立40周年を記念して行われた。展覧会の会場に行くまで、私は数年前山形美術館に巡回してきた『柳宗悦の民藝と巨匠たち』という展覧会と混同していたため、また同じものをやるのか、と思っていた。改めて見直してみても、展覧会の名前は別にそれほど似てはいない。単に、柳宗悦と民芸という分かち難い関係に対する強固なイメージが、私の中では2つの展覧会をもはや「同じもの」としてしか認識できなくなってしまっていたのだろう。

些細なことかもしれないが、「みんげい」の表記が変化していることが気になった。ここ数年の間に、ある種神話的ですらあった「民藝」という言葉が、一般的な「民芸」へと書き換えられている。「藝」は柳自身が固執した言葉といわれている。民芸協会主催のこの展覧会における表記の問題は、背後にある思想的な変化の一つの表れなのかもしれない。

 さて展覧会は特別展ではなく企画展という扱いで、一部屋だけのこぢんまりとしたものであったが、なかなかの印象である。すでに言い尽くされているとしても、やはり柳の仕事の価値は大きい。当時まだ「発見」されていなかった民具に美を見出し「民藝(民衆的工藝)」という概念を与えたこと、失われるはずの農村の民具を収集し保護したこと、それらのために美術館を建てたこと。柳宗悦という個性なしには、いずれも成し遂げられなかったであろう。今こうして展覧会を通して、消えゆく運命にあった品々と対面できるということは幸福なことだ。

展示品の中で、今回最も心惹かれたのは<背当て>である。彩る装飾の美しさ。鮮やかな色遣い。アンデスやアフリカの民族美術にも負けてはいない。それぞれに自分なりの意匠が施され、農村に確かに存在したであろう美意識を感じさせる。今回、精巧な技を誇る刺子の類も多く展示されていたが、色の配置と意匠性では<背当て>が勝っていたように思う。

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 側に置かれていた柳の文章には、作る者と着る者が同じであることに対する彼の尊敬の念が記されていた。それに私も賛同したい。現在、自分は何を作ることができるだろう。彼らは自分たちのことを芸術家とは称さなかったが、優れた芸術家であったことを感じさせる品々であった。もちろんこの展覧会に出ている品々は柳の眼を通した取捨選択の結果であり、必ずしも農村の実態ではなかったとしても。

焼物、編組、刺子、木漆工、そして数は少ないが金工までを網羅した展覧会は、なかなかの内容であった。しかし展覧会から思い巡らされることは、必ずしも晴れやかなものではない。民芸はいつになったら柳宗悦という個性とその世代から逃れられるのだろうか。それは不可能な、あるいは人によっては不必要な問いなのかもしれない。そろそろ没後50年を迎えようという今日、柳宗悦と民芸という分かち難い関係に変化は訪れるのだろうか。その問いが心のどこかで燻っている。

追記
プレイミュージアムでは「紙帯で作るイタヤ馬」というイベントが行われていました。イタヤ馬とは、秋田近辺で作られていた子供の「おもちゃ」。けっこう人気があるようでした。
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閑話休題06

『ACACアートの森 体験学習BOOK』
国際芸術センターAIR実行委員会,2007年.
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教育と普及の関係を考える

「本書では、これまでACACに滞在した世界中のアーティストたちが行ったワークショップ、また経験豊かな自然環境を活かした造形教室、自然観察など、ACACでしか体験できない多くのワークショップを紹介しています。遠足、体験学習などの場として、「ACACアートの森」をぜひご活用ただきたいと思っております。」(序より引用)

 この『ACACアートの森 体験学習BOOK』の意義を、簡潔に言い表すならば、「これまでの成果に立脚した普及活動」が相応しい。その意味において、この本は2つの役割を担っている。1つは、これから施設を利用するかもしれない学校教員に対するセンターのPR。中を見ればわかることだが、それぞれのワークショップにはおおよその定員と時間、そして対象年齢と目的が記されている。いうなればワークショップのカタログだ。教員はこれを元にワークショップを「注文」できる。

 もう1つの役割は、センターにおけるアーティスト・イン・レジデンスの成果報告。紹介されているワークショップには滞在アーティストにより生み出されたものがいくつかある。つまり、自分たちはこんな活動実績がありますよ、というアピールにもなっているのだ。言うまでもなくアーティスト・イン・レジデンス事業では、地元の人々の交流が重視される。その一つの形が子供たちとのワークショップである。

 この本を手にした者は、国際芸術センター青森がこれまで行ってきた活動を知るとともに、今後その場所でできることを知る。今すぐに、というわけではないかもしれないが、実際に校外での活動に組み込もうと考える人も多いのではないか。

報告書でもなく、パンフレットでもない。どちらの性格も合わせもった本書には、教育と普及の一つの理想的な関係が見出せるように思う。これまでの体験学習の成果は、言い換えればセンターにおける教育の成果である。そうして蓄えられた資源を『体験学習BOOK』という形態に落とし込むことで普及活動へとつないでいく。社会教育施設としての役割を十全に示す広報の在り方として評価されるべきもののように思う。

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モデルプランが提示される。
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ワークショップの紹介頁。
*画像はぼかしてあります。

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閑話休題05

映画『OUR MUSEUM』
Ufer!Art Documentary,2002年.
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存在自体に価値がある

まずこの種のドキュメンタリーが存在したということに感謝したい。2002年の作品だが、それ以前も以降もミュージアムを扱ったドキュメンタリーが日本にあっただろうか。本作は「美術館とはどんな場所か」をテーマにした、存在自体が貴重なドキュメンタリーといえる。主に京都市立美術館とパリ市立近代美術館、ポンピドゥー・センターの歴史を比較しつつ、学芸員や美術家へのインタビューから美術館の役割を考察するという内容になっている。

 ただ残念なことに、パッケージに書かれているテーマが今ひとつ画面からは見えてこない。見るだけでは理解しにくいのだ。わかりにくさを助長する一つの理由として、パリと日本を交互に話題にするという手法が挙げられるだろう。またインタビューの質問項目が伏せられていることも仇となったかもしれない。パリと日本の学芸員、あるいは美術家や建築家がそれぞれの立場から美術館を語ることで多様な視点が垣間見られた反面、それが見る者の印象を散漫にしてしまった感は否めない。

しかし、それぞれのコメントは示唆に富む。

「生きている美術館とは答えをもたらすと共に問題をなげかける美術館のことです。美術館とは特権的な場所で、問題を問いかけなければならない場所。入ったときと同じように出てこれない場所なのです。」

これはパリ市立近代美術館の部長が語ったもの。美術館はそうであってほしいと自分も思う。そして、専門家以外のコメントも興味深い。オープニングではポンピドゥーセンターや京都市美の前でいろいろな人が「美術館とはどんな場所か」をワンフレーズで表現している。「知識」、「静けさ」、「発見」、「デートスポット」、「証言」、「新しい発想」等々。人々が美術館にどんな期待を寄せているかを感じられる。こうした「生の」感想が聞けるというのは嬉しい限りだ。

またいつの日か、こういうドキュメンタリーが撮られることを切に願う。仮に自分が美術館に身を置くならば、館の役割や仕事を舞台にしたドキュメンタリーを必ず残そう。そう決意させる一本であった。

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遊びの経路

遊びの経路
国際芸術センター青森 
春のアーティスト・イン・レジデンス展
2007年6月16日〜7月15日
国際芸術センター青森
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四者四様の見所あり。

「遊びの経路」、これだけ聞くと「遊び」がテーマなのかと思う。だが、この展覧会の主眼は後ろのほう、つまり「経路」にある。本展でいう「経路」とは、単に通過する道筋やたどるべき手順としてではなく、道を進んでいく過程そのものと理解されている。抜粋するとこうだ。

「経路」は、言い換えれば、あらかじめ決まった道筋をたどるものではなく、道筋を進む過程そのものといえます。それは世界を確認し、認識していく課程であり、思考の過程そのものでもあります。未知数の振幅あるこの過程を、今回「遊びの経路」とよぶことにしました。

展覧会では、パラモデル、小山田徹、アイガルス・ビクシェ、カミーユ・グージョンの四人が、それぞれに彼らの「経路」を表現してみせたことになるが、展覧会のコンセプトとしての「経路」には曖昧さも感じてしまう。つまり、あらゆる作品が作家の「経路」の一部と位置づけられうる以上、「何でもあり」の展覧会なのではという疑問も残った。

作品はそれぞれに見所があった。まずアイガルス・ビクシェはスチロール素材のパイプを用いて、有機的な造形を作り出している。まるで毛細血管のようだ。また彼は祖国ラトヴィアと青森をPCカメラでつなぐ作品も出していた。試みとしては面白いが、説明してくれる人がいなかったこともあり、残念ながらいまいち狙いが伝わりにくかったように思う。カミーユ・グージョンはねぶたの制作を参考にしたと思われる、<水獣アオモリ>なる立体作品を展示。この獣の体の一部は原爆のキノコ雲の写真で出来ている。同じ原子力大国から来た作家には、思うところがあったのだろう。映像作品もあったが、こちらはあったという印象だけ。
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子供向け、手書きの作品解説。

どちらかといえば、日本人の作品のほうに存在感があった。小山田徹の実測図を用いた作品群は見ていて飽きない。少年時代の記憶の扉を開くような作品であった。一方のパラモデルは、建物と中庭一杯にプラレールで絵を描いた。訪れた瞬間に「おっ」と思うインスタレーション。小山田の作品が近寄ってじっくりと眺めるのと好対照を成している。どちらも展覧会の中でその存在を十分に主張していた。
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会場風景。パラモデルのインスタレーション。

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国際芸術センター青森は山の裾野にあり、自然豊かな反面、レジデンス施設としてはやや不便な立地といえる。しかし、ここ何年かの活動でしっかりとその実績を残してきた。青森県立美術館とともに、これからの青森における芸術創造の基点となることを期待したい。

国際芸術センター青森により刊行されている『体験学習BOOK』。これまでの教育普及活動の成果の結晶。
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青森県立美術館 常設展Ⅱ

青森県立美術館 常設展Ⅱ
2007年6月26日〜9月24日
青森県立美術館
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いい展示はある。しかし・・・

 先頃一周年を迎えたばかりの青森県立美術館の評価が芳しくない。入場者数が伸び悩んでいるのだ。ようやく青森県にも本格的な美術館ができる、と期待されていたし、建築も話題をさらっていたはずだった。だが開館後、2つ目の企画で大きく入場者数が落ち込んだ。その後一年たって美術館はどうなったか、現状を見るべく足を運んだ。

まず駐車場から一番近い入り口が閉まっている。そもそも美術館の立地からして入り口がこれほど必要だったとは思えないが、設けられている以上閉まっていると寂しいもの。白壁やネオンサインもやや汚れてきた印象だ。
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入ることができない入り口。
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少し汚れてきたかな。

 結論から言ってしまえば、内部の展示はいいものが多い。巨大なホールにかけられた目玉の「アレコ」。以前は論争を巻き起こしたが、今は美術館の中で不動の地位を得たといえる。なにしろこのアレコを中心とした開館記念展は大入りだったのだから。

寺山修司に関する展示室は、一年前は閑散としていたが、映像が3方向に流されるなど充実した様を見せていた。ただ、家庭的なプロジェクターやDVD機材がむき出しになっており、舞台裏のような雰囲気の展示室に似つかわしくない。予算との兼ね合いもあろうが、もう少しプロっぽい機材を準備してほしいところだ。

もう一つ美術館の成長を感じたのが「×Aプロジェクト」という試み。「青森県ゆかりの作家と関連の深い作家、青森県の特性を導きだし得る作家を取り上げ、コレクションと連動させながら「青森」を考察していくプロジェクト」だという。第1回目はフロリアン・クラールという人物の幾何学的なインスタレーション<無限カノン第四番>。アルミによる有機的な造形が美しい。今後も期待のプロジェクトだ。

その他にも、斉藤真一の作品群は、暗い画面だが何か心の奥底にある情景として印象に残ったし、「考現学」についての展示も面白かった。総じて展示内容は充実していたといえる。
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美術館のやる気を感じる、常設展のパンフレット。

しかし、である。
奈良美智の<青森犬>の写真を撮れないのは相変わらずだった。<青森犬>は美術館の顔として多くのメディアに露出しているが、今や訪れた人が最もがっかりする作品の一つだろう。近寄れもせず、写真も撮れずの作品だからだ。

意地が悪い気もしたが、近くにいたスタッフに撮影禁止の理由をあえて聞いてみた。すると、彼女の説明はこうだ。「作品の著作権の関係と・・・作品の保存のためです。」おそらく彼女は博物館学の教科書にのっている知識をひっぱり出してきたのだろうが、この説明で納得する者はいないだろう。<青森犬>は野外にあるので、紫外線による劣化は避けられない。また作品の著作権というのも県立美術館の公共性を考慮すると印象としては「おかしな話」(ただし公共施設における権利概念と実情を知らないので印象でしかないが。)だ。それとも作家が権利を保ったままなのか。いずれにせよ、作家に対して悪い印象を与えかねない説明である。

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作者の権利を守るため写真をとらないで、と書いてある。スタッフは当然これ以上の説明ができなければならない。

なぜ撮影禁止に対する美術館のポリシーを説明できないのだろう。スタッフの教育という課題が見える。撮影禁止を貫くなら、なぜ撮れないのか、その意味をきちんと伝えていくことが必要だ。<青森犬>と来館者を隔てるガラスの壁。そこに美術館と県民の心の温度差が象徴されるように私は感じた。

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「こども美術館デイ2007」のチラシ。小中学生観覧無料の期間が設けられた。

追記
作品の権利関係については私も詳しくない。このあたりのことも少し勉強しようと思う。

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