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美術検定 アートナビゲーターはどこへ?

美術検定 アートナビゲーターはどこへ?
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前回、美術検定の知の在り方を問うた。そして、美術検定における「モノを観る力」は、知識偏重、従来型の美術との関わり方と同じであると結論づけた。しかしもうちょっと考えてみたいことがある。そこで今回は、アートナビゲーター検定から美術検定へという名称変更に今一度注目しよう。

2003年から始まった「アートナビゲーター検定」。僕はこの名称が好きだった。実態はどうであれ「アートナビゲーター」という言葉には一つの専門性を感じるし、ジャンルとして確立させようという気概のようなものを感じる。なにより「ああ、そういう活動をしたい人たちが受けるのね」とわかりやすかった。

では「美術検定」はどうだろう。印象としては美術が好きな人が受けるもの、である。そこには専門性もあまり感じとれないし、既にあるジャンルだから目新しくもない。僕なりの解釈では「アートマニア検定」だ。

ナビゲーターとマニア、そこには大きな違いがある。「アートナビゲーター」であれば求められる知識が、たとえ「暗記する知」であっても人を案内するために最低限必要なものと捉えられる。それは社会性のある行為だ。

けれども、名前を変えられた、美術検定、僕の印象での「アートマニア」ではそういう社会性を感じることはできない。とても個人的な行為になってしまったように思える。知識が自己完結する世界と言ってもいいだろう。

よくよく考えてみると、今回の名称変更にはこうした意味合いの変化を見出せる。案内役から趣味人へ。そういう意味ではこの変化、専門学校だったものがある日カルチャースクールへ変わった、そういう大きな変化だったのではないか。たかが名称、されど名称。名称変更。それはまた、これまでアートナビゲーター検定を受けてきてくれた人たちに対して失礼なことだと僕は思う。なぜこういうことになってしまったのだろう。

近年、美術を取り巻く状況、ことミュージアムの教育普及事業は大きく進展してきたはずである。子どもをターゲットとした金沢21世紀美術館が成功し、九州国立博物館も教育普及スペースが一つの売りになっている。東京国立博物館も表慶館を教育普及スペースにあてた。

そういう時期に「アートナビゲーター」という名称を捨てたということは、この検定の制度としての敗北を示しているのかもしれない。今後もこの問題は注意深く見守っていきたい。

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