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2007年6月

美術検定 アートナビゲーターはどこへ?

美術検定 アートナビゲーターはどこへ?
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前回、美術検定の知の在り方を問うた。そして、美術検定における「モノを観る力」は、知識偏重、従来型の美術との関わり方と同じであると結論づけた。しかしもうちょっと考えてみたいことがある。そこで今回は、アートナビゲーター検定から美術検定へという名称変更に今一度注目しよう。

2003年から始まった「アートナビゲーター検定」。僕はこの名称が好きだった。実態はどうであれ「アートナビゲーター」という言葉には一つの専門性を感じるし、ジャンルとして確立させようという気概のようなものを感じる。なにより「ああ、そういう活動をしたい人たちが受けるのね」とわかりやすかった。

では「美術検定」はどうだろう。印象としては美術が好きな人が受けるもの、である。そこには専門性もあまり感じとれないし、既にあるジャンルだから目新しくもない。僕なりの解釈では「アートマニア検定」だ。

ナビゲーターとマニア、そこには大きな違いがある。「アートナビゲーター」であれば求められる知識が、たとえ「暗記する知」であっても人を案内するために最低限必要なものと捉えられる。それは社会性のある行為だ。

けれども、名前を変えられた、美術検定、僕の印象での「アートマニア」ではそういう社会性を感じることはできない。とても個人的な行為になってしまったように思える。知識が自己完結する世界と言ってもいいだろう。

よくよく考えてみると、今回の名称変更にはこうした意味合いの変化を見出せる。案内役から趣味人へ。そういう意味ではこの変化、専門学校だったものがある日カルチャースクールへ変わった、そういう大きな変化だったのではないか。たかが名称、されど名称。名称変更。それはまた、これまでアートナビゲーター検定を受けてきてくれた人たちに対して失礼なことだと僕は思う。なぜこういうことになってしまったのだろう。

近年、美術を取り巻く状況、ことミュージアムの教育普及事業は大きく進展してきたはずである。子どもをターゲットとした金沢21世紀美術館が成功し、九州国立博物館も教育普及スペースが一つの売りになっている。東京国立博物館も表慶館を教育普及スペースにあてた。

そういう時期に「アートナビゲーター」という名称を捨てたということは、この検定の制度としての敗北を示しているのかもしれない。今後もこの問題は注意深く見守っていきたい。

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美術検定 モノを観る力?

美術検定 モノを観る力?
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昨年まで「アートナビゲーター検定」と言われていたものが「美術検定」と名を変えたらしい。名前が変わったことにより、どうにも言えない違和感をおぼえる。いや、正確には名称変更が問題なのではない。問題は付け足されたキャッチコピーとの相性だ。「モノを観る力。」

「モノを観る力」とはなんだろう。アートナビゲーター検定の過去の問題は、はっきり言って、アートに関する「知識」を問うものだ。「サグラダ・ファミリアの設計者は誰か?」「作者と作品でまちがった組み合わせはどれか?」などなど。

作品について知る、語る、あるいは他人をナビゲートするにはそれもいい、当然必要だ。だが果たして、それを身につけたところでモノを観る力が養われたと言えるのだろうか。それでも広告では高らかに謳う。「アートを知ることでアートを観る力がついてくる」と。

要は「モノを観る力」をどう考えるか、それが問題だ。仮にその力が「鑑賞」という行為に長けることを意味しているなら、目の前の芸術作品について知っている、「わかっている」というだけでは済まないだろう。

一枚の絵をみたとき、みんながみんな同じ感想を持つということはほとんどない。様々な意見や経験が一枚の絵を観ることから生まれ出るものだ。つまり、鑑賞とは個人的な体験で、そこから紡ぎだされる言葉もごくごく個人的なものでよい。そもそも観る力はあなたの内に備わっている。だからこそアレナスが提唱するような鑑賞プログラムにおいては、それを共有することを大事にしているのではなかったか。

だが、美術検定の内容では「モノについて知っている」の意味にしかならないだろう。そこから出てくるのはお仕着せの言葉たち、習得した知識だ。それではキャプション(解説文)を熟読してから、作品をちらっと流し見るという従来の鑑賞態度と指向性において大差がないように思う。美術検定も「始めに知識ありき」だ。

確かに知ることは大切で楽しいし、認定証によって夢を叶える人もいるだろう。そして美術検定を足がかりに、自由に美術と向き合い始める人もいるだろう。少々値段が高いとしても検定制度に一定の意味があることは否定しない。ただし、安易に「モノを観る力」を謳うことには疑問をなげかけずにいられない。美術を観ること、美術鑑賞とは何か?それはなんで必要か?という問いに答えるのは、実はけっこう難しいことだと思うから。

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生誕100年 靉光展

生誕100年 靉光展
靉光—激動の昭和/幻想と現実を見つめた画家
2007年6月9日〜7月29日
宮城県美術館
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「日本にもこんな画家がいたのか。」

靉光(あいみつ)の絵は独自の世界をみせてくれた。とはいっても初期の油彩はセザンヌやルオーの表現を実験的に用いている。有名なのは、<目玉のある風景>だ。「日本のシュルレアリスム絵画の代表作」と評されている。この作品を含め近辺にある<馬>や<ライオン>を観る限り、靉光は完全なる非現実を描いているわけでも、自分の精神世界に閉じこもっているわけでもないようだ。「地に足のついたシュルレアリスム画家」とでも言うべきか。現実に根ざしての思考、それに相応しい表現が彼にとってはたまたまシュルレアリスムだったのかもしれない。

本展は靉光の生誕100年を記念し、約120点の作品から彼の画業を振り返る内容となっている。展示されている作品は、油彩、ロウ画、墨絵、細密画と幅広い。様々な表現を模索してきた結果ともいえる。

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特に良かったのは、ロウ画と細密画。ロウ画とは靉光独自の技法だそうだ。溶かしたロウやクレヨンに岩彩を混ぜて描くことで、独特の質感が生まれている。絵として脆弱なのかロウ画の一角はとくに照明が落としてあったように思う。

細密画は筆と墨による表現のはずだが、まるでエッチングのような雰囲気を漂わせている。とにかく筆が細かい。なかでも<二重像>は描写力、発想ともに秀でており、本展でも特にチェックしておくべき作品の一つだ。(上記写真右下)

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パルマ展 02

パルマ イタリア美術、もう一つの都 02
2007年5月29日〜8月26日
国立西洋美術館
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「イタリアの友人への感謝の気持ちを忘れずに、決して作品に触れたり傷つけたりすることないよう、ご協力をお願いいたします。」

パルマ展入り口の「お願い」と題されたパネルにはこう書かれていた。同じ注意を受けるにしても、「イタリアの友人」というのはちょっと新鮮だ。

国立西洋美術館の特別展は、映像から始まることが多い。今回の約11分の映像では、パルマの町並みや歴史の説明、壁画等の移動できない作品をみせており、これから赴く空間への期待を高めてくれる。

パルマ展では、子供向けの教育ツール「ジュニアパスポート」が配布されている。残念ながらもらえるのは子供のみだが、この種のツールは大人が利用しても十分楽しめるし、役に立つ。

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対象年齢は小学校高学年から中学生。デザインはパレットを模しており、ちゃんと指を入れる部分も設けられている。凝った作りだ。

内容は、片面が「聖人探し」と「美術館でのマナー」、もう片面が展示作品の見方の提示に当てられている。

「聖人探し」
キリスト教の宗教画を見る際の大きな障害となるのが、「描かれているのはどんな場面なのか?」ということだ。なかでも聖人は、キリストの誕生や磔刑に比べてわかりにくい。「聖人探し」では「その人がどんな人でどんなヒドい目にあったのか?」と「その人とわかる印」にしぼって解説しており、非常にわかりやすい。

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パルマ展 01

パルマ イタリア美術、もう一つの都 01
2007年5月29日〜8月26日
国立西洋美術館
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パルマといえば、サッカーの中田英寿選手が一時期在籍していたこともあり、日本での知名度もまずまずだろう。もちろんパルメザンチーズでも有名だ。本展は、16世紀から17世紀頃のパルマ美術を紹介する展覧会であり、約110点の作品が展示されている。

絵画のみの展示かと思いきや、始まりは時祷書だった。書籍としての完成度に思わず目を奪われる。冒頭の絵画で印象的なのは、チーマ・ダ・コネリアーノ<眠れるエンデュミオン>であろう。静かに降りてくる月(ディアナ)が物語を演出している。後ほどショップでこの絵のクリアファイルを見つけた。珍しいL版写真サイズだったこともあり迷わず購入。
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続いてコレッジョとパルミジャニーノを中心とするコーナー。コレッジョやパルミジャニーノは、美術史ではおなじみの顔ぶれだが、一般的な知名度ではダ・ヴィンチはじめ他の画家に押されがちだろう。副題に「イタリア美術、もう一つの都」とあるのはそのためかと邪推しつつ、どことなく彫刻を意識させるパルミジャニーノの作品<聖チェチリア>を眺める。圧巻の大きさ。

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閑話休題02

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閑話休題02

蓑豊『超・美術館革命—金沢21世紀美術館の挑戦』
角川oneテーマ21, 角川書店,2007年.

読みやすい。
ためになる。
やる気がでる。

2004年の開館以来、高い入場者数を維持し世界的に注目されている金沢21世紀美術館。その館長が語る美術館像は、「敷居の低い美術館にして交流館」だ。美術館を市民が自由に立ち寄れる場所にするという発想。カフェ、レストラン、アートライブラリー、ショップなどぶらっと寄りたい場所は全て無料ゾーンに置かれている。「美術館が街を作り、文化が経済を生む」という強い信念の下、ユニークなアイデアで美術館を成功へと導いてきた者の言葉は、単純明快だ。

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ピカソ展

ピカソ展
ルートヴィッヒ美術館コレクション
2007年5月27日~7月16日
岩手県立美術館
Piccaso
本展は独ケルン市、ルートヴィッヒ美術館所蔵のピカソの作品から100点ほどを選び出した、絵画、版画、陶芸、そして写真によって構成される展覧会である。これまでいくつかの美術館でピカソの作品を見る機会を得たが、これほど落ち着いた空間でゆっくりと作品と対話したのは初めてだ。平日、しかも雨の日に訪れたせいもあろうが、ホワイトキューブの空間に整然と配された作品の数々は、見られることを静かに待っている。

版画の割合がやや多く、期待していたほど陶芸作品がなかったのは残念であるが、絵画も、版画も、彫刻も、陶芸も一通り眺めることができる。またキュビズムに至るまでのピカソの足跡も垣間見られ、キュビズムに至ってからの作品との対比も楽しめる。そしてピカソの「日常」を切り取った写真も充実している。この展覧会、ひとことでいえば「ピカソ入門」として最適なのだ。

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ミュゼログ(museum+blog)?

ミュゼログ(museum+blog)?  
A Prospectus of Muselog
Update 2007 06 08

ミュゼログ(museum+blog)は、ミュージアム(博物館や美術館)についてのブログです。ミュージアムの教育普及事業に関心をもつ筆者が教育普及事業や展示デザインに注目して展覧会の感想を綴っています。どんな展覧会に行き、何が記憶に残ったか、は書き留めておかないと次第に忘れてしまうもの。筆を進めていくうちに、一年間にいくつ展覧会に足を運んだかも記録されるはず。

またミュゼログは筆者にとっての記憶と記録のための場であると同時に、展覧会の感想を「収集」する場でありたいと考えています。東北で催される展覧会に関していえば、展覧会の感想は個々のブログに散発的に載せられていることが多く、感想や評価が「一カ所」にまとめられることはありません。ミュゼログ(museum+blog)は来館者にとってはコメントやトラックバックを通じて展覧会の感想を自由に書き込める場所として、ミュージアムにとっては展覧会に対する生の意見を知ることができる場所として、機能することを目指しています。

ミュゼログはミュージアムと来館者の「対話」の場を創出します。

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マルレーネ・デュマス―ブロークン・ホワイト

マルレーネ・デュマス―ブロークン・ホワイト
2007年4月14日〜7月1日
東京都現代美術館
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「わかりやすいが、わからない絵」。矛盾した表現だがデュマスの絵に対する素直な感想だ。絵自体は顔のアップなどシンプルな構図が多く、特に注視するほどの情報量が画面にはない。ただ、さらりと流し見ながら美術館という空間を楽しみたい人には少しばかり主題が重く感じられる。デュマスの絵には観る者に何かしらを考えさせる空気がある。

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岡本太郎 明日の神話

岡本太郎 明日の神話
2007年4月27日〜2008年4月13日
東京都現代美術館

昨年汐留で公開された話題の大作、岡本太郎の<明日の神話>を観た。常設展のなかの特別公開という扱いで、展示期間が約一年と定められている。

3階まで上がり、岡本の他の作品を展示している前室的な空間をぬけると、突如巨大な空間が現れた。長らく行方不明になっていた作品としてメディアで盛んに取り上げられていたこともあり、構図等は事前に目にしていた。が、実際その大きさには圧倒された。作品自体パネル14枚に及ぶ全長30メートルの巨大な作品なのだが、余裕をもってその大作を展示することができる東京都現代美術館という空間にも驚かされる。

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