液晶絵画still/motion

液晶絵画still/motion
2008年4月29日〜6月15日
国立国際美術館(大阪)

Photo

「液晶絵画」、その言葉の響きにまず魅了されはしないだろうか。本展は、一言でいうと映像作品展である。しかし、液晶ディスプレイに映し出される静的な作品たちと向き合うと、なるほどあえて「液晶絵画」と括ってみたくなるのもうなずける。初めに結論からいってしまえば、展覧会の内容はなかなかに楽しめたほうである。出展作品も「液晶絵画」というコンセプトから大きく外れるものは少なかったので、この種のタイトルにありがちな「看板に偽りあり」という印象もなかった。

 会場に入るとまず、照明を落とした真っ暗な部屋が用意されている。視覚を瞬間的に奪われた後、部屋の中ほどにあるスクリーンで、ビル・ヴィオラの映像作品と引き合わせられるという趣向である。来館者を液晶絵画の世界に引き込むための秀逸な仕掛けとなっている。ビル・ヴィオラの映像作品≪プールの反映≫は今見ても刺激的だ。約30年も前に作られたとは思えない。とある森の中、濁った水たまり(タイトルからすればそれはプールなのだが)に裸の男が飛び込もうとしている。次の瞬間、男は飛び込むのだが、その身は空中で制止し、やがてゆるやかに風景(森)へと解消されていく。一方、水面には男が飛び込んだ痕跡らしき波紋が広がっていく・・・そんな作品である。

ビル・ヴィオラの暗闇を抜けると、私の目当ての作家であるサム・テイラー=ウッドの≪スティル・ライフ≫と≪リトル・デス≫が目に入った。何年か前、ロンドンのナショナル・ギャラリーでほぼ同じ構図の静物画の隣にモニターを設置し、テイラー=ウッドの作品と見比べられるような展示企画に出会ったのが、私がテイラー=ウッドの作品に関心を抱いたきっかけだった。静物画として時間から切り出されたはずの事物たちに今一度時の流れを与えたかのような作品、その衝撃は今でも鮮やかに覚えている。ただ、画面に定着された「本来」の静物画が側にないと面白さは伝わり難いだろう。映像作品がなぜその形で映されなければならなかったのかは映像を見ているだけではわからない。パネルを用いてテイラー=ウッドのひな型となった静物画を説明するなど対応があればよかった。

ブライアン・イーノの作品は、作品それ自体というよりも展示されている空間の雰囲気がよかった。むろん、その雰囲気は作品によって作り上げられているのだが。部屋の一面に掲げられた縦長の4枚の液晶ディスプレイのうち、外側2枚は風景を、中2枚はゆるやかに像が変形していく女性が映し出されて、穏やかな土地の教会にいるような気分である。凝視してみるというよりは環境映像の類であり、そこでコーヒーでも飲みながらゆっくり読書でもするのが相応しい。このように環境映像として部屋に置いておけそうなものとしては、他に千住博の作品があった。映像で構成された水墨画といおうか、遠目には枯淡の味わいを感じさせる。

 本展の出展作品の中では、森村泰昌の作品が、面白さ、展示形態において突出していた。フェルメールの作品≪窓辺で手紙を読む若い女≫と≪真珠の耳飾りの少女≫を一つの映像としてつなぎ合わせたかのような作品≪フェルメール研究≫。一方、フェルメールの≪絵画芸術≫の世界を再構成した作品は、森村の手法を知らずに見た人にはいまいち面白さが伝わらないだろう。解説過剰でも困るが、本展は全般的に解説が不足していたように思う。また、たまたま切らしていたのかもしれないが、多少解説も載っている出品リストがモノクロコピーだったというのも国立美術館としては残念である。

追記:
この展覧会において液晶絵画を成立させている液晶ディスプレイはシャープのアクオスでした。千住博の作品などはアクオスの黒い筐体が額縁のように見えてくるから不思議です。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

図書館特集:『近代建築』4月号02

図書館特集:『近代建築』4月号02

Photo

 前回に引き続き、『近代建築』4月号が勉強になったという話です。今回は長崎市立図書館運営統括責任者、小川俊彦氏の稿「管理者として見た望ましい図書館建築」について。小川氏は建物の大きさはどのように決めるべきか、使いやすい図書館とはどんなものか、運営する上で建設計画から気をつけるべきことはなにか、をわかりやすく語っておられますが、「使いやすい図書館」について書かれた箇所が図書館に限らず広く文化施設に当てはまる内容でしたので紹介したいと思います。

「座れる、しゃべれる、読書が楽しめるという空間が用意できれば、それも街中にあり、中で利用している人たちが見える図書館であったりすれば、そこは間違いなく集合場所になり、待ち合わせの場所になってくる。本があるところ、情報のあるところ、が図書館であるが、同じように人が集まってくるところ、が図書館でなくてはいけない。」

 これを読んだとき、私の頭をすぐさまよぎったのは金沢21世紀美術館でした。SANAAが作り出した総ガラス壁の開放的な空間は、まさに小川氏のいう図書館像と合致するものでしょう。彼はさらに、建物の外観だけでなく内部においても「開放感」が肝要と考えています。

「図書館に一歩入ったとき、館内が見渡せるというのは、利用者に安心感を与えてくれるのである。先が見えない、働いている職員も見えないでは、入ってよいものか、勝手に歩き回ってよいのか、どこに何があるのかがわからなかったなら、少し気の弱い人、子供やお年寄りなども図書館は近づきにくいものになってしまう。」

 そのため「気軽にものを尋ねられる職員を配置する必要がある」とのこと。そういえば、前回の植松氏の頁にスウェーデン、マルメ市立図書館のインフォメーション・デスクの様子を映した写真がのっていましたっけ。説明によると「職員が立って待機していることで声をかけやすく、利用者と職員が横に並んでパソコンをみられる」とあります。なるほどインフォメーション・デスクも「開かれた」形状をしていて、よくあるカウンターのように、こちら側とあちら側を隔ててはいないのが印象的です。
 少し脱線してしまいましたが、小川氏の考える「使いやすい図書館」とは要するに「親しみやすい図書館」とほぼ同義といっても差し支えなさそうです。書架の高さは1段30センチとして5段までが望ましいというのも、それなら小柄な人でも手が届き、目の悪い人でも書名が読み取れる高さということ。理にかなっています。ちなみに児童の書架は絵本なら3段、読み物なら4段とする図書館が多いそうです。
 この記事を読んで最後に気になったのは、美術館のいわゆる「美術図書室」はどうだろうかということでした。利用者にとって「親しみやすい」空間を提供できているでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

図書館特集:『近代建築』4月号01

図書館特集:『近代建築』4月号01

Photo


いまさらな話題ですが、近代建築社が発行する雑誌『近代建築』の4月号で図書館特集が組まれています。建築雑誌なので建物の写真がメインですが、筑波大学付属図書館長植松貞夫の「これからの図書館像とそれを実現する図書館建築」という記事が勉強になりました。

 植松氏は、図書館は現在、紙媒体とデジタルコンテンツ双方を提供する「ハイブリッド・ライブラリー」の状態にあり、その状態は今後も長く続くと予想していますが、「ハイブリッド・ライブラリー」という現状において、利用者は目的の資料・情報を探す際、印刷物には目録、デジタル・コンテンツにはメタデータ、そしてネットワーク上のものは検索エンジン、とそれぞれ使い分けなければならない不便があり、資源リンキングシステムを組み込んだ図書館ポータルの開発が急務であると主張しています。

 また植松氏は大学図書館の2大機能である教育と研究支援のうち、研究支援に関わるものは非来館型のサービスへと既に移行しており、図書館サービスの場である建築は、学部学生への教育支援を目的にすべきと捉えています。考えてみれば、私達が論文を探す際にはもっぱらウェブ上の検索サービス(GeNii等)が主流になっていますし、専門化すればするほど図書館の蔵書では対応しきれないものが多くあります。その意味で「場所」としての大学図書館における研究支援は、各学科の基礎となる重要文献を押さえる程度(すなわち教育支援)へと緩やかに移行していくのかもしれません。

もう一点なるほどと感じたのは、大学の地域社会への貢献が不可避となった今日、大学図書館は何をするべきかという点です。一つは学外者の利用を念頭においた館内サインの充実であり、もう一つは館内セキュリティへの配慮。どちらもこれまでの大学図書館が見逃してきて部分ではないでしょうか。社会に開かれた大学が求められている以上、その主要な窓口となる図書館の館内サインもしっかりとデザインし、使い勝手を高めておく必要があるのだろうと感じます。


ちなみに植松氏が館長を務める筑波大学付属図書館は、3月に大学図書館としては初めてスターバックスを導入し話題をよびました。この論考でも「カフェや作品発表の場を設けるなど特段の目的をもたなくても来館したくなるような雰囲気をもつ必要がある」と主張しておられます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

佐藤可士和のウェブアーカイブ

Photo


広告あるいはコミュニケーション・ツールとしてのウェブアーカイブ


 大阪芸術大学が主催するデザインフォーラムmovement2008に参加したのだが、ゲストの一人、超人気アートディレクターの佐藤可士和の講演が印象に残った。正直なところ、彼の講演内容は「アートディレクターの新領域」という多摩美術大学が公開するポッドキャストでほとんどフォローできるもので、既にそのポッドキャストを視聴している私にとってはとりわけ目新しいものではなかった。では何が印象に残ったかというと、講演時に提示された彼個人のHPのデザインとその使い方である。今回、彼はHPだけを使って話をしたが、そのHPは明快に整理されたウェブアーカイブであり、佐藤にとって極めて使いやすい広報ツールとなっているようだった。彼のあらゆる仕事が「色」を基準に超整理された状態で一般公開されているこのHPは、まさに「広告としてのアーカイブ」「コミュニケーション・ツールとしてのアーカイブ」である。そのウェブデザインはユニクロのグローバル戦略でチームを組んだ中村勇吾の手によるものだが、アートディレクションは佐藤自身だそうだ。
 おそらく佐藤はどこに講演にいってもネット環境さえあれば、自分の仕事をオーディエンスに明快に提示できる。講演のためにパワーポイントやキーノートをわざわざ準備する必要ももはやなさそうだ。これほど利便性に富んだアーカイブは見たことがない。よく出来たアーカイブはそれだけでコミュニケーション・ツールとして力を発揮するということを改めて考えさせられた。・・・それにしても『佐藤可士和の超整理術』という書籍を出しているだけあって、徹底して整理された感のあるHPであった。

佐藤可士和のHP kashiwasato.com

佐藤可士和の超整理術佐藤可士和の超整理術

著者:佐藤 可士和
販売元:日本経済新聞出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


プロフェッショナル 仕事の流儀 アートディレクター 佐藤可士和の仕事 ヒットデザインはこうして生まれるプロフェッショナル 仕事の流儀 アートディレクター 佐藤可士和の仕事 ヒットデザインはこうして生まれる


販売元:NHKエンタープライズ

発売日:2006/09/22
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

The National Fine Art Education Digital Collection

Photo

イギリスにThe National Fine Art Education Digital Collectionという美術系大学が参加するウェブアーカイブがある。現在の参加機関は次の通り。

Counicil for National Academic Awards
University of Arts London
Slade school of Fine Art
Royal College of Art
Norwich School of Art and Design
University of Brighton
Birmingham Institute of Art and Design
University of Leeds
University of Ulster
Glasgow School of Art
Duncan of Jordanstone College of Art and Design

まだ試験運用中のようだが、人、場所(機関)、時間(年代)の3つからコレクションを検索でき、インターフェースも今のところ使いやすい。難点を上げるとすれば、コレクションの選出基準が「芸術教育への貢献」とだけ記されていていまいちはっきりしないという点と、コレクションが増えてきた際に機関や年代という検索基準だけではヒット数が膨大なものになってしまうということだろうか。しかし、美術系大学が合同で参加しているという点が本データベースを魅力あるものにしていると感じる。各大学のHPからアーカイブを検索していたのでは面倒なことこのうえない。日本でも各種アートアワードの受賞作品を集めたウェブアーカイブが構築されると研究者や作家、学生にとって便利なものとなるだろう。

The National Fine Art Education Digital Collection HP

| | コメント (0) | トラックバック (0)

英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展

英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展
2008年4月25日〜7月13日
森美術館

Photo

文句なしに刺激的。

 デミアン・ハーストの作品に引かれ、英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展を観に行った。ハーストの作品とは、まっ二つにされた牛がホルマリン漬けにされている例の「衝撃的な作品」<母と子、分断されて>である。私にとっては長らく実物を観たかった作品の一つで、ようやくの対面となった。実際に対峙してみると、図版で観ていた印象とはまるで異なり、衝撃的であるとかグロテスクであるという表現は相応しくなかった。むしろ静謐な雰囲気に包まれているといっていい。そう感じたのは牛の断面が極めて丁寧に処理されていたことも大きいだろう。「生物を切る」という行為は料理のため日常的に行われている。ただ、文脈から切り離しそれだけをクローズアップして提示すると普段は隠されていたものが立ち表れてくる、そう頭でのみ理解している時は「グロテスクだろう」と勝手に決めてしまっていた。今回もまた実物を観ることの大切さを改めて教えられた。

 ターナー賞の受賞作だけを集めたこの展覧会が面白くないわけがない。ジリアン・ウェアリングのほとんど動きのない60分の映像作品を展示してしまうのはさすがに無理があるのではと思ったが、来館者は映像と作品解説を見比べながら作品の面白みを確実に掴んでいたようであるし、マーティン・クリードのライトが点いたり消えたりするだけの作品のある部屋では、通り抜けていった家族連れが狙い通りの会話を残していった。「これが作品なんだって」「うそでしょ」と。私のもう一つの目当て、マーク・ウォリンジャーの着ぐるみの熊の映像も楽しめた。そう、どの作品も期待を裏切らない刺激に溢れている。

出展作品の面白さもさることながら、本展は展覧会としての完成度が非常に高い。パネルのタイポグラフィー・デザインや作品(特に映像作品)の配置、モニターに映し出されたスライドショーなど隙がない。とくに章ごとに壁に据え付けられたモニターが映し出すスライドショーはデザイン的にも恰好がよく、その年の候補作品を順に観ることができる仕掛けである。ただ、来館者の多くは情報が時間差で表れてくるスライドショーよりも一度に把握しきれる文章のほうが読みやすいとみえる。しばし観察していると、スライドショーには一瞬目を向けるもののモニターよりも普通のパネルを見ている時間のほうが長いようであった。

この他、オーディオ・ガイドも無料で借りることができる。普段は借りない私も試しに使わせてもらったが、その内容の良さに驚いた。個々の作品解説というよりも、作品に即してターナー賞の歴史を辿るという構成で、その年の授賞式のエピソードなどトリビア的な内容が充実感を高める。機会があればもう一度見ようと思う。

英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展HP

英国美術の現在史ターナー賞の歩み

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大学図書館の広告力


(注:時間によっては図書館が舞台ではないときもあるようです。)


大学図書館の広告力

 伊東豊雄の建築で注目度が高かった多摩美術大学図書館。現在、この図書館はユニクロがブログパーツとして広く配布している「ユニクロック」に使用されている。「ユニクロック」は女性ダンサーがユニクロの衣服を着てリズミカルに踊るスクリーンセーバーであり、ブログパーツでもある広告媒体だ。つまりユニクロックを使う人は舞台となっている多摩美術大学の図書館を必然的に目にすることになる。同図書館はユニクロの他、アップルジャパンの広告にも活用されたばかりである。ユニクロのアートディレクションを同美大出身の佐藤可士和が務めていることと関係があるのかどうかはわからない(ユニクロックの映像を手がけるのは、映像作家の児玉祐一)が、少なくとも広告に相応しい場所として選び出されたことは間違いない。映像をみる限り、身近ではあるがやはり特別な場所である図書館を使う面白さが感じられる。
 なるほどユニクロはこれまでも東京国立博物館の特別5室前の大階段を使ったことがあり、文化施設を使うことには先例があった。とはいえ、これまで大学図書館がCMに使われることなどあっただろうか。閲覧環境、資料へのアクセス性など基本的な機能を充実するのは当然として「デザイン」という付加価値が付いた図書館は、企業の広告に乗って大学のブランディングにも力を発揮する・・・。多摩美の図書館とユニクロックの組み合わせは大学図書館の新たな可能性を物語っているように感じられる。

追記:
ただし、多摩美術大学図書館の立地が東京近郊というのは大きい。広告を作る側にとって利用しやすい位置にあるというのは重要なことで、地方の大学が同様のことをしても広告力を発揮する機会は少ないものと予想される。

つくる図書館をつくる―伊東豊雄と多摩美術大学の実験Bookつくる図書館をつくる―伊東豊雄と多摩美術大学の実験

販売元:鹿島出版会
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (2) | トラックバック (0)

六本木ライブラリー

R0015501

六本木ヒルズに「英国美術の現代史:ターナー賞の歩み」展を観にいったところ、「アカデミーヒルズ六本木ライブラリー」なるポスターが目に留まった。「へえ、こんなところにも図書館があったのか」と感心したのだが、帰って調べてみるとただの図書館ではなかった。どちらかというと現代の高級サロンといった趣きで、年会費約11万円也。図書館というよりハイクラスのためのパーソナルオフィススペースというのが正しい。蔵書はなく置いてある本は本屋の書棚と一緒で「買えば」持ち出せるという仕組み。ディレクターの言葉を借りれば、ここは「新規イノベーションを起こすことを目的とし、他人と知識をシェアするための場」であって単に本が収集される場ではないとのこと。「情報に効果的にアクセスするシステム」としてのサロン(ライブラリー)という発想はある意味古風だが、公共図書館ではこれまであまり省みられる機会はなかったのも事実であろう。なかなか魅力的なこの考え、実現しやすいのは公共図書館よりもすでにサロン的まとまりの下にある大学図書館だろうし、効果が期待できるのも後者だろう。しかし本来は公共のミュージアムの図書室がこういう役目をもっと果たすべきなのだと思うのは私だけだろうか。

六本木ライブラリーHP

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ルーヴル美術館展 フランス宮廷の美

ルーヴル美術館展 フランス宮廷の美
2008年4月26日〜7月6日
神戸市立博物館

Photo

R0015491

神戸市立博物館でルーヴル美術館展が始まった。「ルーヴル」の名を冠して、人が来ない訳がない。覚悟の上で週末の午後に訪れたところ、案の定結構な人の入りであった。出品されているのは主に工芸の分野で絵画は少ない。

1階ホールには写真を撮るスペースが設けられていた。好評のようで、携帯電話で撮影していく人が後を絶たない。改めていうまでもないが、ミュージアムという「場」は多くの場合、旅行やデートの途中に利用される。であれば、人々が「その場を訪れた」という記憶を残す手助けをするため、何かしら準備をしておくことがミュージアムにとって大事なことである。まさに「情けは人のためならず」だ。「情け」という表現は、人々のためにこそ存在する今日のミュージアムにとって全く相応しくない言葉だが、「ミュージアムに行った」という記憶が人々にしっかりと残ることは、ミュージアムにいつか恩恵をもたらすはずだ。

展示の感想を述べる前に、ミュージアムの「使命」に関する話題をもう一つ。同じく1階ホールに掲げられた「メッセージ」のパネルには次のように書かれていた。ルーヴル美術館館長アンリ・ロワレットの言葉である。

「・・・館の広報用の標語を考えていたとき私たちが重視していたのは、「1793年以来すべての人に開かれている」ということです。この「開かれた場所」という考え方は非常に本質的で、まさに美術館の使命の1つ「できるだけ多くの人に作品を知ってもらうこと」を反映するものなのです。国際化が進む現在、美術館はもはや、ただ作品を見に来る場所にとどまる訳にいきません。美術館はその使命を自らに問いかけ、いかにして出来得ることを広げていくかを考えなければなりません。つまり展覧会によって作品を移動し、パリに来る機会のない人々にも作品を見てもらえることを考えていかねばならないのです。」

ルーヴル美術館はじめ海外の巨大美術館が、近年相次いで分館建設に着手しており、その設置場所は中東にまで及んでいる。ロワレットの言葉もこうした「美術館の世界戦略」という現状をふまえて読まなければならないが、「いかに出来得ることを広げていくか」という姿勢は学ばなければなるまい。

肝心の展示は、出品点数も充実しているし、当時の宮廷の「趣味」がよく伝わってくる内容であった。銀食器と嗅ぎ煙草入れなどの小物が充実し、見所の一つとなっている。なかでも背面が見えるよう展示された≪「枝付き燭台の」あるいは「鑞受けのある」ポプリ入れ一対≫や≪ダイヤモンドを象嵌した飾り武器模様の嗅ぎ煙草入れ≫などがその豪華さゆえか、来館者の足を止めさせていた。

ただキャプション(作品解説パネル)の配置は気になる。展示ケースの上部に設置されたキャプションは、背の低い人や視力の弱い人にとっては見にくいものである。実際、高齢の方は見にくそうにしていた。私も膝を曲げて視線を下げてみたところ、位置によってはライトの反射のせいで字が見えず苦労した。キャプションを上部に設置するというのは混雑を予想しての配置であろうが、子供や高齢者への配慮という点からみれば、問題があるように思う。

その一方で「こどものための鑑賞ガイド」が作成されていた点は評価できる。市立の博物館でこの種のガイドを特別展用にきちんと作成している館はまだ少ないはずだ。実際、なかなかお目にかかる機会がない。内容が充実している分載せられている情報がやや多かったのと、情報の配置にもう少し「まとまり」を持たせたほうが見やすいデザインになった、という点は改善点として挙げられよう。とはいえ、地道な活動がきちんと展開されているということを素直に喜びたい。その館が地域の中でどういう役割を果たしていこうとしているのか、こうした鑑賞ツールの存在からも感じることができるというものだ。

R0015493
写真撮影スペース。今は携帯電話での撮影が主流か。

ルーブル美術館展HP(朝日新聞社)
神戸市立博物館HP
「ジュニアミュージアム講座」:プログラムも充実している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

書籍紹介『美術と展示の現場』

Photo_2

書籍紹介 
秋元雄史他著『美術と展示の現場』新宿書房,2008年.

展示の場を巡る多角的な考察

美術館に席を置く四人の識者が、それぞれの立場から展示を巡る「今」を語る。本書は、神戸芸術工科大学の連続講義の記録であるが、内容をみれば学生への影響もかなりのものと想像できる。金沢21世紀美術館の館長職にある秋元が、美術を見せる「場」が美術館からいかにして地域へと拡がっていったのか、を前任地の直島の事例を基に夢のある話題を提供したかと思えば、東京都写真美術館の笠原からは仕事をする環境、すなわち就職先としてみた場合の美術館の厳しい現実が語られる。その一方で、兵庫県立美術館の中原と東京国立近代美術館の増田は、より根源的な問題に踏み込んでいく。中原が現代美術の多様な作例を引きつつ、美術にとって展示とは何かを今一度考えさせるならば、増田は自身の専門である写真の美術館における展示史を概略しつつ、美術館の在り方に対して示唆に富む言及を残す。講義の際に示されたであろう図版をもう少し所収してほしいという願いはあるものの、読んで素直にわくわくできる、そんな内容の一冊だった。美術館への就職希望者のみならず、作家志望の学生にとっても一読の価値がある。

Book美術と展示の現場 (神戸芸術工科大学レクチャーシリーズ 2-1)

著者:秋元 雄史
販売元:新宿書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

オンライン展示考

Photo

オンライン展示(online exhibition)考

美術館ウェブサイトの新たな可能性

 近年、「インターネット展覧会」という言葉を目にするようになった。ネットが浸透しつつある時期に盛んにもてはやされたアンドレ・マルローの「空想の美術館」を想起させるこの言葉自体に私自身抵抗がないわけではない。が、まずは次に挙げるオンライン展示をみてもらいたい。一つはニューヨーク近代美術館(MOMA)のDesign and Elastic Mind〔デザインとしなやかな思考〕というオンライン展示、もう一つは広島市現代美術館のインターネット展覧会である。

Design and Elastic Mind(オンライン展示)
広島市現代美術館インターネット展覧会(internet exhibition)

これらのサイト、特にMOMAのそれは美術館がこれまで行ってきたネット利用と明らかに一線を画している。非常に手の込んだフラッシュによりネットでしかできないことを実現してみせたと評価できる。インターフェース(画面)は世界的な評価を受けるウェブ・デザイナー中村勇吾の作品。

これまでも作家が自分の作品をネットで公開したり、実在する美術館が著作権が切れた作品の画像を公開したり、ということはあった。それらはしばしば「ギャラリー」という名称を与えられてきたが、どちらかといえばアーカイブであった。つまり、そこではある意図に沿って展示される展覧会ではなく、せいぜい常時公開の収蔵庫にすぎなかったのである。

それが今、実在の美術館が実際にネット上での展覧会に着手し始めている。もちろんMOMAのDesign and Elastic Mindはネット上だけで行われているわけではないがonline exhibitionと明記され、ウェブサイトも作り込まれている。普及媒体としてネットを積極的に利用しているだけではないか、という言葉も聞こえてきそうだが、決められた章立てのみならず、いくつかのテーマに沿って次々と作品をブラウジングしていけるところなどは、まさにオンライン展示の真骨頂である。ウェブ・デザインの成否が問われる部分であり、よく出来たインターフェースを準備することが今後更に求められていくことだろう。

そして、どうやら映像作品がオンライン展示という形態に適しているとみえる。実際の会場で映像作品を観るとなると、鑑賞に時間がかかるため作品数も制限される。まして混雑して立ち見などになったら最悪である。加えて、そもそもデータは複製可能を前提としている以上、乱暴にいえば存在するデータ全てがオリジナルな作品として成立しうる。データ化された映像作品は、どこでみてもオリジナルな映像作品として私たちの前に表れるといえよう。広島市現代美術館のオンライン展示はこうした映像作品で構成されており、なかなか面白い作品を観ることができる。

これまでは実際の美術館に足を運ぶ前に、今どんな展覧会が行われているか、や交通案内をチェックするのがウェブサイト利用の通例だったが、今や美術館のウェブサイトは、単なる情報掲示の場を超えて、それ以上の価値を持つに至ったとみるべきだろう。距離や時間に関係なく入場可能なもう一つの展示「会場」が、ネット上に確かに生まれつつある。今後もオンライン展示の動向には注目していきたい。


MOMAではDesign and Elastic Mindの他にもオンライン展示を観ることができる。
ニューヨーク近代美術館HP

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ウルビーノのヴィーナス

Exhibitionicon03gif_2

ウルビーノのヴィーナス
古代からルネサンス、美の女神の系譜
2008年3月4日〜5月18日
国立西洋美術館

教科書的な展示内容

 イタリアから名画が来る。そう聞くと一点豪華な展覧会かと思ってしまうが、本展に限っていえばそうではない。美の女神ヴィーナスの古代における図像の在り方及びルネサンス以降の復活と発展の様子を辿るという教科書的な展示内容となっていた。つまり、≪ウルビーノのヴィーナス≫一点に焦点を合わせているのではなく、それも含めてヴィーナスの図像変遷を見せようとしている点が印象に残った。

会場では絵画のみならず、彫像やアクセサリー、調度品などに見られるヴィーナスの図像表現もみることができる。多様な展示品によって空間は、どこかヨーロッパの美術館のような雰囲気もあった。

 会場内に掲示されていたヴィーナスの図像変遷を示すパネルは、情報がよく整理されていて見やすかった。それによると官能性が際立つ≪ウルビーノのヴィーナス≫とは別に、ミケランジェロの下絵を参照した「男性的(哲学的ということらしい)」なヴィーナスの描き方があることがわかる。ポントルモの≪ヴィーナスとキューピッド≫だ。その作品も≪ウルビーノのヴィーナス≫の隣に展示されているのが本展の素晴らしいところ。きちんと構成された展示の中で観ればこそ、対比的に2つの作品を捉えられる。これらは収蔵先が違うのであるが、仮にイタリアで2つの作品が並べて展示されていたとしても、特に説明がなければ、影響関係などどこ吹く風、意識散漫通り過ぎてしまいそうだ。日本で、特別展で、観る意味もここに見出せる。

残念なのはジョルジョーネの描いたヴィーナスが展示されていなかったことである。ジョルジョーネの作品もパネルでは重要な位置付けにあったが、さすがに3点揃えるのは難しかったのだろう。構図を見る限り、企画した学芸員も出展させたかった作品に思えた。

展示室には図録に混じって、作品解説の拡大文字版も置かれている。こうした活動は地味なものだが、教育普及的な観点からみれば軽視できない。教育普及などと生真面目な表現をしなくとも、こうした「ちょっとした気遣い」が必要な人には嬉しいもの。コストも安く済みそうなので、他館でも導入が進むことを期待したい。

西洋美術館ではジュニア・パスポートという名称で小中学生向けの特別展用教育普及ツールを作成している。今回は、誕生・結婚・恋・キューピッド・もっとも美しい女神、のテーマ毎に簡単な解説が付く仕上がりとなっていた。このジュニア・パスポートを持った子供を見かけた人たちが「どこかに置いてないのかな」「便利そうだよね」と会話しているのが聞こえてきた。大人たちにも需要が多そうだが、今のところ配布はされていない。

それにしても上野の山は桜の季節。大変な混み具合を覚悟していたが、外の喧騒に比べれば、館内は落ち着いたものだった。

ウルビーノのヴィーナス 展覧会HP

| | コメント (0) | トラックバック (3)

«書籍紹介 『日経 五つ星の美術館』